組織の硬直化、感じていませんか?ホラクラシー型組織の導入事例と運用メリット・デメリットを徹底解説

1 組織戦略・マネジメント

従来のヒエラルキー型組織とは異なり、ホラクラシーフラットで自律的な組織形態です。

意思決定のあり方を見直したいと感じていませんか?

変化の激しい時代にこそ注目されるこの仕組みについて、詳しくご紹介します。

Contents

ホラクラシー組織の基本知識

〜指示命令ではなく「役割」で動く、新しい組織のかたち〜

近年、変化の激しいビジネス環境において注目されているのが、「ホラクラシー組織」という新たな組織運営の形です。
本記事では、ホラクラシー組織の基本的な考え方や他の組織形態との違い、導入のポイントまでをわかりやすく解説します。

ホラクラシー組織は、「上の立場の人が命令し、下の立場の人が従う」という形式のトップダウン型のヒエラルキー(階層型)組織とは大きく異なります。上下関係のないフラットな関係性のもとで、組織のあらゆるレベルで“自律的に判断し、役割に基づいて動く”ことを重視するのが特徴です。

1.ホラクラシー組織とは?

「ホラクラシー(Holacracy)」とは、「ホール(全体)+クラシー(統治)」という意味を持つ言葉で、アメリカの起業家ブライアン・ロバートソンが体系化した組織モデルです。特徴は、階層的な上下関係をなくし、フラットで柔軟な構造の中で、役割(ロール)単位で仕事を定義・遂行する点にあります。

従来の組織では「部長→課長→メンバー」というように指揮命令系統が明確でしたが、ホラクラシー組織では、個人ではなく「役割」に権限が紐づき、誰がその役割を担うかが明確に定義されます

2.ティール組織やヒエラルキー組織との違い

ヒエラルキー組織

ヒエラルキー組織とは、伝統的で最も広く用いられてきた階層構造の組織モデルです。企業や官公庁など、多くの組織で一般的に採用されています。

このモデルでは、組織の上位層(経営層・管理職)が意思決定を行い、下位層(現場や一般社員)はその指示に従って業務を遂行します。
役職に応じて権限と責任が与えられ、「指揮命令系統の明確さ」「管理のしやすさ」が大きなメリットです。

一方で、次のような課題も指摘されています。

  • 意思決定が集中するため、現場でのスピード感ある対応が難しい
  • 情報や提案が上層部に届くまでに時間がかかる
  • 組織が大きくなるほど、柔軟な変化対応がしづらくなる

また、部門ごとの「縦割り」の構造が強くなると、部署間の連携不足や情報の断絶(いわゆるサイロ化)が発生しやすくなります。

特に、変化のスピードが速い現代においては、「上からの指示を待って動く」というスタイルでは対応しきれない場面が増えており、柔軟性や現場主導の動きが求められるようになっています。

ティール組織

ティール組織とは、フレデリック・ラルーによって提唱された「人間の進化段階に合わせて進化する組織モデル」です。特徴的なのは、次の3つの考え方を柱としている点です。

セルフマネジメント(自己管理)上下関係や管理職に依存せず、チームや個人が自律的に意思決定を行う仕組み
全体性(ホールネス)仕事と個人の人格を切り離さず、ありのままの自分を組織の中でも大切にする考え方
存在目的(パーパス)会社の目標ではなく、「組織そのものがどんな存在として社会と関わるのか」という本質的な使命を重視する姿勢

これらにより、ティール組織では管理職がいなくても一人ひとりが自由に意思決定に関与しながら、組織全体が生き物のように自発的に進化することを目指します。

ホラクラシー組織と同様に自律性を重視しますが、ティール組織はより「人間らしさ」や「価値観」を大切にしており、仕組みやルールよりも価値観の共有や個人の内面の尊重に軸を置いている点で、より抽象的で感情や考え方を大切にする取り組み方が特徴です。

ホラクラシー組織

ホラクラシー組織は、ティール組織と同様に自律性を基盤としながらも、それを“制度化”して仕組みとして明文化した組織モデルです。
アメリカの起業家ブライアン・ロバートソンによって体系化されました。

最大の特徴は、「役職」ではなく「ロール(役割)」単位で仕事を構成し、誰がどの業務を担当するのかが明確に定義されている点です。ロールは職務内容に基づいており、ひとりの社員が複数のロールを担うことも可能です。

さらに、ホラクラシーでは以下のような仕組みによって組織運営を支えます。

ガバナンスミーティングロールの更新や組織構造の調整を行う会議体
戦術ミーティング日々の業務課題や進捗を共有する実務レベルの会議
サークル構造複数のロールを束ねた単位(チーム)で自律的に機能

このように、ホラクラシーはティール組織と比べて「組織としてのルールや役割分担が明確に定義されている」フラットな運営モデルが特徴です。
そのため、「組織を自律的にしたいが、ある程度の構造と管理も保ちたい」と考える企業にとって、導入しやすいモデルといえます。

3.組織図の“円”と“役割”

ホラクラシー組織では、従来のピラミッド型組織図ではなく、「円(サークル)」を基本単位にします。
円の中には複数の役割(ロール)が存在し、その円がさらに大きな円の中に含まれていく“入れ子構造”になります。これは、部門ではなく機能ごとの連携を意識するためです。

たとえば、営業部や人事部といった概念ではなく、「新規顧客開拓」「社員のモチベーション維持」「人材採用」という“役割”単位で構成され、それぞれの役割に対して権限と責任が与えられます。

注目されるようになった背景 

〜なぜ今、ホラクラシー組織に注目が集まっているのか〜

ホラクラシー組織が注目されるようになった背景には、現代の企業経営を取り巻く環境変化と、従来型組織の限界が密接に関係しています。とりわけ、「VUCA(ブーカ)」と呼ばれる不確実性の高い時代において、迅速で柔軟な意思決定が求められるようになったことが大きな要因です。

1.VUCA時代におけるスピード経営の必要性

VUCAとは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった言葉です。市場のニーズや技術の進化スピードが非常に速く、将来の予測が困難な時代においては、これまでのようなトップダウン型の階層組織では、現場が気づいた変化にすぐ対応することが難しくなっています。

ホラクラシー組織は、意思決定を「役割」単位に分散させ、現場レベルでの自律的な判断を可能にするため、変化への迅速な対応力が求められる企業にとって極めて有効な仕組みとして注目されるようになりました。

2.働き方の多様化と従業員エンゲージメントの変化

近年、リモートワークの普及や副業解禁、ジョブ型雇用の浸透など、働き方が大きく変化しています。それに伴い、従業員一人ひとりが自らの役割に責任と裁量を持って働ける環境が求められるようになりました。

ホラクラシー組織では、職位や肩書きではなく「役割(ロール)」に基づいて仕事を進めるため、従業員が自身の強みを活かして複数の役割を担うことも可能です。こうした構造は、自律性を重視するミレニアル世代・Z世代の価値観にも合致し、仕事に対する主体的な関わりや貢献意欲(=エンゲージメント)の向上にもつながります。

3.イノベーション創出に必要な「越境」と「対話」

イノベーションは、異なる分野や視点の交差から生まれると言われます。従来の縦割りの組織構造では、部門間の壁が高くなり、情報や意見の交流が滞りやすくなります。

一方でホラクラシー組織では、「役割」を起点にチームが流動的に構成されるため、職種や部署の枠を超えた連携(越境)がしやすくなり、創造的なアイデアが生まれやすい土壌ができます。

また、ホラクラシーでは定期的な「ガバナンスミーティング」や「戦術ミーティング」など、ルール化された対話の場があり、組織の中で自然と改善・進化が促される仕組みも特徴です。

4.海外IT企業を中心とした先進事例の影響

アメリカの大手オンライン小売企業「Zappos(ザッポス)」がホラクラシーを全面導入した事例は、世界的に注目を集めました。その他にも、ソフトウェア開発企業や新たなビジネスに挑戦する創業間もない企業(いわゆるスタートアップ)を中心に、変化対応力や創造性が求められる業界で導入が進みつつあります。

こうした企業が新しい組織運営によって成果を上げている姿を目にし、日本企業でも導入を検討する動きが出てきており、特に成長志向の高い中堅企業やベンチャー企業での関心が高まっています。

ホラクラシー組織のメリット 

〜個人と組織の力を最大限に引き出す、新たな仕組み〜

ホラクラシー組織は、従来の階層型組織とはまったく異なる考え方に基づいた運営モデルですが、これを正しく設計・運用すれば、企業にとって多くのメリットがあります。

ここでは特に経営面・人材活用面での利点を中心にご紹介します。

1.現場での即時対応が可能になる

ホラクラシーでは、意思決定の権限が「役職」ではなく「役割(ロール)」に紐づくため、現場に近い人が判断・行動できます。
たとえば、ある顧客からクレームが寄せられたとき、従来のように上司の承認を待たず、担当のロールを持つ社員がすぐに改善策を講じられるのです。

これは、業務の滞りや意思決定の遅れを防ぐという意味でも重要です。市場や顧客の変化にスピーディーに対応できる点は、競争が激しい時代において大きな強みとなります。

2.組織全体の透明性が高まる

ホラクラシーでは、誰がどんな役割を担っているかがすべて明文化され、組織内で共有されます。
また、定期的に開催される「ガバナンスミーティング」では、役割の見直しや課題の整理が行われ、ルールや責任範囲が曖昧なまま放置されることが少なくなります。

その結果、従業員同士が「誰に何を頼むべきか」「どこまでが自分の責任か」を明確に理解できるようになり、コミュニケーションの食い違いや重複業務の削減につながります。

さらに、こうした情報の開示と構造の明瞭さは、上下関係に伴う心理的ストレスの軽減にも効果を発揮します。
ヒエラルキー型組織のように、上司の機嫌を伺ったり、立場を意識しすぎて自由に意見を言えないといった不安要素が少なくなるため、精神的な負荷を軽減しやすい職場環境が実現されます。

3.自律的に働ける社員を育成できる

従来の組織では、指示を待ってから動くという文化が根付いていることもありますが、ホラクラシー組織では自ら考え、判断し、行動することが前提となります。
そのため、社員は「会社に言われたからやる」のではなく、「自分のロールに必要だからやる」という意識で業務に取り組むようになります。

こうした文化は、特に自律性を重視する若手世代にとっても魅力的であり、主体性や成長意欲の高い人材の育成や定着にも寄与します。

4.柔軟に組織を変化させられる

企業は常に変化し続ける環境の中で、組織構造を柔軟に見直す必要があります。しかし、ヒエラルキー組織では、部署や役職の再編が大がかりになりがちで、スピード感を持った対応が難しくなります。

一方でホラクラシー組織では、ロール(役割)の追加・変更が容易であり、状況に応じてすばやく組織構造を最適化できます。プロジェクトや事業の立ち上げ時にも、必要なロールを立ち上げて人を割り当てるだけなので、非常に効率的です。

5.経営層の負荷軽減と中核人材の成長促進

階層型組織では、あらゆる判断が経営層に集中しがちですが、ホラクラシーでは判断がロールごとに分散されるため、トップの業務負荷が軽減されます。

その分、各領域でリーダーシップを発揮する中核人材が育ち、組織全体の底上げにもつながります。これは、経営者の視点から見ても「組織としての継続力・成長力を高める仕組み」と言えるでしょう。


このように、ホラクラシー組織は単なる流行ではなく、変化に強く、個人の力を引き出し、組織全体をしなやかに進化させていくための手段として、多くの可能性を秘めています。特に、過剰な上下関係や社内政治によるストレスを軽減しながら、社員の主体性を育む環境づくりを目指す企業にとって、有力な選択肢となるでしょう。

ホラクラシー組織のデメリット

〜自由であるがゆえの難しさと、導入時の落とし穴〜

ホラクラシー組織は、柔軟で自律的な組織運営を可能にする一方で、導入や運用にあたっていくつかの注意すべき点やデメリットも存在します。

ここでは、実際に導入を検討する際に理解しておきたい課題について解説します。

1.導入・定着に時間がかかる

ホラクラシーは単なる「ルールの変更」ではなく、組織文化そのものを変える取り組みです。
そのため、制度を整えただけでは機能せず、社員一人ひとりが「ロールに基づいて自律的に働く」という新しい価値観を身につける必要があります。

これには時間と継続的なトレーニングが不可欠であり、短期間で成果を求めすぎると失敗する可能性が高いです。特に、指示待ち文化が根づいた組織では、現場の混乱を招くリスクもあります。

2.自律を求められる社員にとっては負荷が大きい場合も

ホラクラシー組織では、上司の指示を待つのではなく、自ら課題を発見し、意思決定し、実行することが求められます。
これは言い換えれば、社員が“受け身”ではいられないということでもあります。

すべての社員がこうした働き方に適応できるわけではなく、中には「何をしていいのか分からない」「判断に自信が持てない」と感じる人も出てくるかもしれません。
導入にあたっては、自律的に働ける人材を育てる支援体制が必要です。

3.責任の所在が曖昧になるリスク

ホラクラシーでは役割(ロール)に業務が紐づいていますが、複数人が似たようなロールを担っている場合や、ロールの境界が不明確な場合に、責任の押し付け合いや放置が起きる可能性があります。

特に、曖昧な役割設計のままスタートしてしまうと、「誰が最終的に決めるのか」が見えにくくなり、かえって意思決定が遅れることもあり得ます。
そのため、ロール設計やガバナンス(組織運営)のルールづくりを丁寧に行うことが重要です。

4.対外的な意思決定のスピードにギャップが生じることも

社内での意思決定が分散されているホラクラシー組織では、外部の関係者(取引先や投資家など)とのやり取りで「誰が決めるのか分かりにくい」と受け止められる可能性があります。

たとえば、営業担当が価格を決める権限を持っていない場合、顧客への対応が遅れたり、調整に手間取ったりするケースもあります。
外部から見ると、責任者不在・決定が遅いという印象を与えかねません。

こうした課題に対しては、「外部との窓口となる役割」を明確に決めておくことや、社外に対してどのように物事を決めていくかの手順を、できるだけ分かりやすく整理しておくことなど、外部とのやり取りを円滑にするための仕組みづくりも重要です。

5.ガバナンスの運用負担が一定程度発生する

ホラクラシーでは、組織内で定期的に「ガバナンスミーティング」や「戦術ミーティング」を行い、ロールの更新や意思決定の整理をします。
これにより透明性は高まりますが、会議の回数や準備、記録などの運用負担が発生する点は見落とされがちです。

特に少人数の企業では、日常業務と両立しながらこれらを回すのが負担に感じられる場合もあります。
運用を簡素化しすぎるとホラクラシーの効果が薄れるため、目的に応じた最適な運用設計が求められます。

6.既存の上下関係の慣習との衝突

日本企業では、年功序列や上司・部下という関係性が根強く残っているケースが多くあります。
こうした文化の中では、「上司に確認せずに動いていいのか」といった心理的なブレーキが働きやすく、ホラクラシーの思想と衝突することがあります。

また、マネージャー層が「自分の役割がなくなるのでは」と不安を抱えることもあり、現場の納得感を得るには時間と対話が不可欠です。


このように、ホラクラシー組織には魅力的な側面がある一方で、会社全体での理解と、段階を踏んで丁寧に進める取り組みが求められる仕組みでもあります。
「自由であること」は、裏を返せば「自律と責任」が必要であり、それを支える環境や仕組みを整えてこそ、はじめて効果を発揮します。

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ホラクラシー組織はどんな組織に向いているか 

〜“役職”より“役割”で動く組織に適した環境とは〜

ホラクラシー組織は、従来の階層型組織と大きく異なる運営スタイルであるため、どの企業にも万能に機能するわけではありません。
しかし、一定の条件を満たす企業にとっては、非常に高い柔軟性と生産性を発揮する可能性があります。

ここでは「どのような組織に向いているのか」を具体的に解説します。

1.環境変化への対応スピードが求められる企業

市場の変化が激しく、次々と意思決定を求められる業界では、従来型のトップダウン組織では対応が間に合わないことがあります。
たとえば、IT・Webサービス・スタートアップ・コンサルティングなどの業界では、現場に権限を分散し、スピーディに判断・実行できる体制が強みになります。

ホラクラシー組織は、まさにこうしたスピード経営を求める企業に適しており、「自律的に動けるチームで競争優位を築きたい」と考える企業にとっては、有効な組織形態といえるでしょう。

2.少数精鋭で複数の役割をこなす必要がある企業

社員数が少ない企業、あるいは一人の社員がいくつもの仕事を兼任する必要がある企業においては、「役割(ロール)ベース」で仕事を進めるホラクラシー組織は非常に相性が良いです。

従来のような「部署で区切る働き方」ではなく、必要な役割に対して柔軟に人を割り当てることができるため、組織運営の効率化にもつながります。

3.自律的な働き方を求める人材が多い組織

ホラクラシー組織は、「自律」と「責任」がセットになります。上司の指示を受けて動くよりも、自分で考えて動きたいというマインドを持つ人材が多い組織では、個々の力を最大限に引き出すことができます。

たとえば、ミレニアル世代やZ世代の従業員が多い企業では、「自由な働き方」や「意味のある仕事への参加」を求める傾向が強く、こうした価値観とホラクラシーの仕組みは親和性が高いといえます。

4.組織内のサイロ化(縦割り)を防ぎたい企業

部門間での情報共有が進まず、互いの連携が取りづらくなっている、いわゆる「サイロ化」に悩む企業にもホラクラシーは有効です。
役職や部署に縛られず、業務内容に基づいた役割とチームで動くホラクラシーの仕組みは、部門横断的な連携を促進しやすくなります。

また、役割を定期的に見直す文化が根づくため、「形式的な部署」ではなく「今必要な仕事」に合わせて組織を再設計し続けられるのも大きなメリットです。

5.経営者が「自分がボトルネックになっている」と感じている企業

創業したばかりの時期や、事業が軌道に乗り始め、これから組織を拡大しようとしている段階の企業では、経営者や役員があらゆる意思決定を担っていることが多く、結果としてトップが忙殺され、組織の成長スピードが落ちるという事態が起きがちです。

ホラクラシー組織では、意思決定が「ロール」に分散されているため、経営者自身がすべてを把握・管理する必要がありません。
「自分がいなくても組織が自律的に動いていける仕組み」をつくりたいと考える経営者にとっては、大きなヒントになる組織モデルです。

6.反対に、ホラクラシー導入に慎重になるべき企業は?

一方で、次のような企業には慎重な検討が必要です。

  • 従業員数が非常に多く、階層構造が前提となっている大企業
  • 年功序列や形式的な上下関係が強く残っている企業文化
  • 自律的な働き方に不慣れな社員が多い組織

こうした企業がホラクラシーを導入する場合は、一部の部署やプロジェクト単位で試験的に導入してみるなど、段階的に進めることが推奨されます。


ホラクラシー組織は、万能な正解ではなく「フィットする組織」にとっては大きな武器となる仕組みです。
大切なのは、自社の文化・人材・目的に合わせて、「どこに取り入れるか」「どう運用するか」を見極めることです。

ホラクラシー組織で必要な「ロール(役割)」 

〜“誰が上司か”よりも“何を担うか”が明確な組織へ〜

ホラクラシー組織の最大の特徴のひとつが、「ロール(役割)」に基づいて組織を構成・運営する点です。
従来のように「部長」「課長」「一般社員」といった役職に基づく上下関係ではなく、仕事内容ごとに明確に定義された“役割”をもとに、誰が何を担うかを決める仕組みです。

この章では、ホラクラシー組織におけるロールの考え方と、効果的に機能させるためのポイントについて解説します。

1.「ロール」とは何か?

ホラクラシーにおける「ロール」とは、特定の業務や目的を遂行するために与えられた機能的な役割のことです。
個人に付与されるのは役職ではなく、このロールです。

たとえば、ある社員が次のような複数のロールを担うこともあります。

  • SNS運用ロール(会社の公式アカウントの発信を担当)
  • 顧客対応ロール(クレーム対応や問合せ対応)
  • 採用広報ロール(求人原稿の作成・修正を担当)

このように、ひとりの社員が複数のロールを持つことができ、またひとつのロールを複数人で分担することも可能です。これにより、柔軟な働き方と責任の明確化が両立されます。

2.ロールはどう設計されるか?

ホラクラシーでは、ロールを定義する際に以下の3要素が明確にされます。

目的(Purpose)そのロールが果たすべき最終的なゴール
責務(Accountabilities)どのような業務を継続的に担うか
権限(Domains)そのロールがコントロールする資源や判断範囲

たとえば「カスタマーサポートロール」であれば、

目的(Purpose)顧客満足度の維持・向上
責務(Accountabilities)問い合わせ対応、FAQ更新(=よくある質問集の内容を定期的に見直し、最新の情報に保つ)、対応品質の報告(=対応の丁寧さや正確さ、スピードなどを振り返り、改善につなげる報告を行う)
権限(Domains)カスタマー対応マニュアルの変更権限、サポートツールの運用権限

というように設定されます。これにより、責任の所在が曖昧にならず、誰が何を判断すべきかが明確になります。

3.ロールの集まり=サークル(小さなチーム)

ホラクラシーでは、複数のロールが集まって「サークル」と呼ばれる小さなチームを構成します。
このサークルごとに目標を持ち、自律的に活動することが特徴です。

また、サークルの中には次のような補助的なロールも存在します。

リードリンク(Lead Link)サークル内の方向性を示し、適切にロールが割り当てられるよう調整する
リパルスリンク(Rep Link)サークル内の課題や不満を、上位サークルに届ける役割
ファシリテーターミーティングを円滑に進め、ルールに基づいた運営を行う役割
セクレタリー会議の記録や日程管理を行う役割

このような役割分担により、上下関係に頼らないチーム運営が可能となります。

4.ロールを効果的に機能させるために

ホラクラシー組織でロールをうまく活用するには、以下のようなポイントを押さえることが重要です。

  • ロールの更新を定期的に行う 業務内容や状況の変化に応じて、柔軟に見直す
  • ロールの「目的」と「責任」が抽象的すぎないよう明文化する
  • ロールの重複や抜けがないよう、全体を全体を広い視点で確認しながら設計する
  • 本人の強み・興味に合ったロール配置を意識する

特に日本企業では、これまでの“人に仕事をつける”という文化から、“仕事に人をつける”という意識への転換が求められます。

5.ロール設計の成功がホラクラシーの鍵を握る

ロールの設計と運用がうまくいけば、ホラクラシー組織は非常に高い柔軟性と自律性を発揮します。
一方で、ロールが不明確だったり、形骸化したりすると、意思決定が滞り、かえって混乱を招くことになります。

そのため、初期段階では専門家のサポートを受けながらロールを丁寧に設計し、継続的に見直していく運用体制を整えることが、導入成功のポイントです。

導入するときのポイント 

〜制度だけでは機能しない、定着に向けた具体策〜

ホラクラシー組織は、組織の柔軟性と自律性を高める先進的な仕組みですが、「取り入れれば自動的に機能する」というものではありません。
むしろ、従来のヒエラルキー型組織に慣れた企業文化の中でいきなり全面導入すると、混乱を招く可能性もあります。

特に人事部門は、制度導入を単なる「仕組みの変更」にとどめず、「文化と行動の変化」にまで落とし込む橋渡し役としての役割が問われます。

そこで本章では、ホラクラシー組織を導入・定着させるために押さえておきたい重要なポイントを、段階的にご紹介します。

1.いきなり全社導入は避け、スモールスタートで始める

ホラクラシーは、組織文化や働き方の根本的な転換を伴うため、いきなり全社導入するのはリスクが高いです。
まずは、特定の部署やプロジェクト単位で試験的に導入し、小さく始めて効果や課題を検証することが重要です。

たとえば、新規事業チームや変化への適応力が高い部門などを選び、そこを実験的な“モデルチーム”として運用することで、成功事例を他部門へ波及させる流れがつくれます。

2.組織内の理解と納得を得るための説明と対話を丁寧に

ホラクラシーの考え方は、従来の「上司が指示する」「役職が責任を持つ」といった価値観とは大きく異なります。
そのため、制度の仕組みだけでなく、「なぜ今、ホラクラシーを導入するのか」「これにより何を目指すのか」といった背景や目的を丁寧に共有することが非常に重要です。

導入前には、社員向けの説明会や個別面談などの機会を設け、意見や不安を聞きながら対話を重ねることが、後のスムーズな定着につながります。

3.ロールの設計は「業務内容」に沿って丁寧に行う

ホラクラシーの中核をなすのは「ロール(役割)」です。このロールがあいまいであったり、実際の業務の内容とかけ離れていると、制度そのものが形骸化してしまいます。

ロールを設計する際には、前章でも解説したように、次の3つを明確に定義することが求められます。

  • 目的(そのロールが果たすべき目標)
  • 責任(どのような業務を担うか)
  • 権限(判断や意思決定の範囲)

現場で実際に働いている社員の声を取り入れながら、「現実に即した役割設計」を心がけることがポイントです。

この役割を明確にしていく一連の取り組みには、人事部門の関与が欠かせません。評価・報酬制度との整合性を見ながら、現場と経営の橋渡し役としてロールの定義を支援することが求められます。

4.ファシリテーションできる人材を配置する

ホラクラシー組織では、「ガバナンスミーティング」や「戦術ミーティング」など、役割の見直しや課題の解決を行う会議体が重要な役割を果たします。
この場を機能させるためには、中立的に進行を行える“ファシリテーター”の存在が不可欠です。

会議のルールや進行方法に精通し、メンバー間の対話を促進できる人材を育成・配置することで、会議が混乱なく建設的に進むようになります。

5.既存の制度や文化とどう折り合いをつけるかを考える

日本企業に多い年功序列や階層意識が強い文化の中では、「上司を飛び越えて意見してよいのか」「指示がないのに動いていいのか」といった戸惑いが起こりやすくなります。

ホラクラシーは上下関係ではなく、ロールに基づいて動く仕組みですが、いきなり全ての文化を切り替えるのではなく、既存の仕組みとバランスを取りながら運用することが現実的です。

たとえば、評価制度は一部従来型を残し、上司などによる手続き上の確認・許可は重要な業務に限って続けるなど、段階的な移行が効果的です。

人事としては、既存制度と新しい働き方の間をどう橋渡しするかが問われます。単に制度を置き換えるのではなく、過去の強みを活かしつつ、少しずつ意識と行動を変えていく工夫が必要です。

6.仕組みづくりだけでなく、育成と習慣化が重要

ホラクラシーは仕組みだけを整えても機能しません。
社員一人ひとりが「自分のロールに責任を持ち、判断し、動く」という働き方を実践するためには、継続的なトレーニングやフィードバックの場が必要です。

ロール設計・運用、会議体の進行、自己管理力の育成などを支援する社内外のパートナーと連携しながら、時間をかけて定着を図る視点が重要です。

このような習慣化の仕組みづくりは、人事部門が主導しやすい領域です。評価・育成・配置の方針をホラクラシーの考え方と連動させることで、制度と行動を一致させる組織づくりが可能になります。


ホラクラシー組織の導入は、単なる「新しい制度の導入」ではなく、組織のあり方そのものを問い直す機会でもあります。そしてその変化を成功に導くためには、人事の果たす役割がますます重要になります。
制度設計、育成、対話のバランスを大切にしながら、「自律」と「協働」が両立する強い組織へと少しずつ形を変えていく歩みこそが、最大の価値といえるでしょう。

ホラクラシー組織の導入で成功した事例

〜組織に「自由」と「責任」を根づかせた企業たちの実践〜

ホラクラシー組織は、「役職」ではなく「役割」によって運営される自律的な組織モデルです。
近年、世界中でこの考え方を取り入れた企業が増えており、特に変化に強く、スピーディーな組織運営が求められる業界で導入事例が見られます。

この章では、ホラクラシー導入によって成果を上げている企業の実例を紹介し、そこから導き出せる成功のポイントを整理します。

1.世界的事例:Zappos(ザッポス/アメリカ)

アメリカの大手オンライン靴販売企業「Zappos」は、ホラクラシーを全面的に導入した代表的な企業です。
同社は2013年から約2年間かけて、従来の階層構造を廃止し、すべての社員をロールベースで運営する体制に移行しました。

成功の背景とポイント

  • 「自由と責任」を両立する文化がもともと根づいていた
  • 社員に対して丁寧な説明と選択の機会(ホラクラシーを受け入れるかどうか)を提供
  • 導入後も「学びの場」を継続的に提供し、混乱期を乗り越えた

Zapposは、単なる制度変更ではなく、企業文化そのものを変える「旅」としてホラクラシーをとらえていたことが、成功の決め手となりました。

2.国内事例:ソニックガーデン(日本)

日本のIT企業「ソニックガーデン」は、プログラマーが全員フルリモートで働く環境の中、上下関係を持たず、ロールに基づいて自律的に判断・行動する組織運営を実践しています。

形式としては厳密なホラクラシーではありませんが、考え方は非常に近く、「誰が上司か」よりも「どの役割を担うか」が明確な組織づくりを行っています。

成功の背景とポイント

  • メンバー全員が高い自律性と専門性を持ち、指示待ち文化がない
  • コミュニケーションツールを活用し、情報共有の透明性を確保
  • 成果に対して平等に報酬が分配される仕組み

同社は、制度よりも「自律して働ける人材が集まる土壌」を重視しており、人と文化の相性が成功要因となっています。

3.スイスの医薬品企業:Buurtzorg(ビュートゾルフ)

オランダ発の訪問看護企業「ビュートゾルフ」では、1チーム10人前後の看護師が自律的に地域を担当し、管理職をほとんど置かずに運営するというユニークな組織モデルを実践しています。
こちらもホラクラシーに近い考え方で、「現場に最適な判断は現場が下す」という原則を徹底しています。

成功の背景とポイント

  • 明確な目的(地域密着の質の高い看護)にチームが強く共感
  • ITツールを活用した情報共有と業務記録の仕組みを整備
  • 管理者をなくしても「信頼」と「目的意識」で運営が成り立っている

この事例は、ホラクラシー的な運営がIT業界だけでなく人のケアを扱う現場でも機能することを示しています。

4.成功企業に共通する3つの要素

これらの企業に共通している成功の要因は、次の3つです。

1.明確な目的と価値観の共有

制度に頼るのではなく、「なぜこの組織で働くのか」が社員全体で共有されていること。

2.自律的に働ける人材の採用・育成

役割に基づいて動くため、受け身ではなく、考えて行動できる人材が活躍している。

3.情報共有の透明性と仕組み化

上下関係がない分、「誰が・何を・なぜやっているか」を可視化し、共有する仕組みが整っている。


ホラクラシー組織の導入は、単なる「制度改革」ではなく、経営の思想・文化を根本から見直す挑戦でもあります。
制度だけを導入しても成功にはつながらず、「人」と「文化」と「仕組み」のバランスが取れてこそ、ホラクラシーの本当の力が発揮されます。

〜ホラクラシー組織という選択肢を考える〜

ここまで、ホラクラシー組織の基本知識から、導入のポイント、成功事例までを見てきました。

ホラクラシーは、単なる「流行りの組織論」ではありません。
上下関係に依存せず、役割を明確にしながら自律的に働ける組織を実現する仕組みです。
しかし同時に、誰もが自由に動ける反面、責任や判断も伴い、それを支える文化や仕組みがなければ、うまく機能しません。

この仕組みが合うかどうかは、企業の規模や事業内容、文化によって異なります。
一律に正解があるわけではありませんが、もし今、「人が育たない」「意思決定が遅い」「管理職に負荷が集中している」「上下関係のストレスが多い」といった悩みを感じているのであれば、ホラクラシーの考え方が突破口になる可能性があります。

まずは、自社の一部で「小さく試す」ところから始めてみるのも一つの手です。制度の導入そのものが目的ではなく、社員が活き活きと働き、組織として成果を生み出し続けるためにどんな“仕組み”と“関係性”が必要かを考えるきっかけとして、ホラクラシーの視点を活かしていただければ幸いです。

企業の数だけ、組織の形があります。
御社にとって最適な組織の在り方を、ぜひ丁寧に見つけていってください。

監修者

髙𣘺秀幸
髙𣘺秀幸株式会社秀實社 代表取締役
2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。

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