会社で業務を進めるうえで欠かせない「目標設定」ですが、実はその運用がストレスの原因になっているケースも少なくありません。目標による管理が本来の役割を果たすには、社員の感じる負担や不安に向き合い、その背景を正しく理解することが重要です。
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会社で仕事するのになぜ目標設定が必要なのか

「毎日、しっかり働いているのに、なぜわざわざ目標を設定しなければならないのか」。こうした声は、特に目標管理制度(MBO)や人事評価制度の導入・運用に取り組む現場で、少なからず聞かれるものです。
しかし、企業における目標設定には、「働き方の質」を高め、「成果につながる行動」を生み出すという、本質的な意味があります。これは単に人事制度の一環ではなく、企業成長を支える戦略的なマネジメントツールなのです。
経営と現場をつなぐ「翻訳装置」としての目標
企業経営において、経営戦略や中期計画は全社の方向性を示す重要な指針です。しかし、現場の一人ひとりの社員がその戦略を具体的にどのような行動で実現すべきかを理解しているかというと、実は大きなギャップがあることも少なくありません。目標設定は、このギャップを埋める「翻訳装置」として機能します。
たとえば、ある企業が「新規顧客の獲得強化」を経営方針に掲げた場合、営業部門の社員には「今期は10件の新規契約を目指す」といった具体的な目標が設定されます。さらに、それを実現するためには、「週に3件以上の新規アポイントを取る」といった、日々の行動レベルまで目標を細かく落とし込むことが必要になります。
こうして、抽象的な方針が現場で実行可能な行動に落とし込まれることで、全社一丸となった成果創出が可能になるのです。
自律的な行動を促す「指針」としての役割
もうひとつ重要なのは、目標設定が社員の「自律的な行動」を促す指針になるという点です。社員が自身の目標を明確に持つことは、日々の仕事における「判断軸」となります。特に多くの業務が複雑化・多忙化する現代においては、何を優先し、どこにリソース(時間・労力・人材などの限られた資源)を集中すべきかを判断するための羅針盤が不可欠です。
この「目標」という羅針盤があれば、上司の指示を待つばかりの受け身ではなく、自ら考えて行動する力が育ちます。加えて、目標があることで成果に対する自己評価も可能になり、仕事の達成感やモチベーションにもつながります。これはまさに、人的資本経営の中で求められる「自律型人材」の育成に直結する取り組みだと言えるでしょう。
評価の公平性を担保する「可視化」の仕組み
目標設定は、人事評価の基準を明確にし、公平性を担保するうえでも欠かせない手順・仕組みです。評価における最大の課題の一つが、「上司の主観や印象に左右される」という不透明さです。この不満は、ときに社員の離職理由にもつながりかねません。
しかし、あらかじめ設定した目標に対して、どの程度達成されたかという「成果の可視化」ができていれば、評価の納得性は格段に上がります。また、目標と成果のギャップを分析することで、次の育成課題や支援すべきポイントが明確になります。これは評価を単なる「査定」に留めず、「成長支援のための仕組み」へと進化させる第一歩となります。
目標設定は「経営資源の最適配分」でもある
加えて、企業全体の視点から見れば、目標設定は「限られた経営資源(人・モノ・金・時間)」を最適に配分するための仕組みでもあります。目標が明確であれば、どの部門にどれだけの予算や人材を投下するべきかが見えるようになります。また、複数のチーム間での優先順位や協業の必要性も把握しやすくなり、組織運営の効率性が高まります。
このように、目標設定は単なる「書類作成」でも「上司に言われたからやる仕事」でもありません。社員一人ひとりが主体的に働くための道しるべであり、組織が成果を出すための「見える化の仕組み」なのです。
目標設定に対してストレスを感じる人がいる

目標設定は、企業にとって欠かせない経営管理手法であり、人材の成長や組織の成果創出を支える重要な仕組みです。しかし一方で、目標を与えられた社員の中には、それを「プレッシャー」と受け取り、強いストレスを感じてしまう人も少なくありません。
これは、目標管理が企業にとって有効であるからこそ見過ごされがちな「影の部分」と言えます。特に、目標設定とメンタルヘルスの関係性が注目される昨今、経営者や人事担当者は「目標=前向きな挑戦」と捉えるだけでなく、「目標=ストレス源」となり得る現実にも目を向ける必要があります。
目標によるストレスは“個人差”が大きい
目標設定がストレスになるかどうかは、社員の性格や経験、職場環境などによって大きく異なります。ある社員にとっては「やる気の源」でも、別の社員にとっては「過剰な期待」や「できなかった時の恐怖」になることもあります。
特に、新入社員や異動直後の社員、中途採用者など、まだ職場の文化や評価の仕組みに十分慣れていない人にとっては、「この目標、本当に自分にできるのか?」「達成できなければ評価が下がるのでは?」といった不安がつきまとうことがあります。
また、評価制度が厳格で、未達成に対する指摘ばかりが目立つ企業文化の場合は、「失敗できない」という強いプレッシャーを感じ、日々の仕事が精神的に重くなる要因になります。
ストレスが生む悪循環と人的資本の損失
目標がストレスになると、仕事に対する前向きな姿勢が失われ、やるべき業務が「ただのノルマ」になってしまいます。すると、主体性や創造性が低下し、結果的にパフォーマンスが下がってしまうという悪循環に陥ります。
さらに問題なのは、それが「本人の問題」として片づけられやすい点です。実際には、目標の内容や設定の仕方、組織の支援体制がストレスの一因となっているケースも多く、見過ごせばメンタル不調やモチベーション低下、さらには離職リスクの増加といった、人的資本の損失につながりかねません。
近年では、人的資本経営の観点から、従業員一人ひとりの「健康」「エンゲージメント(仕事や会社に対する前向きな関わり・意欲)」「心理的安全性」が企業価値に直結すると考えられています。目標設定によって社員が精神的に追い詰められてしまうような状況は、まさにこの“人的資本の損耗”を引き起こすものであり、経営課題として真剣に捉えるべきポイントです。
なぜストレスが生まれてしまうのか
目標を立てるときにストレスを感じる
社員がストレスを感じるのは、目標の内容だけでなく、「目標を立てる」段階にもあります。たとえば、自分に裁量がない中で一方的に目標を提示されたり、「何を目標にすればよいか分からない」といった状況では、不安やプレッシャーを感じやすくなります。
また、「この数字は本当に現実的なのか」「達成できなかったらどう評価されるのか」といった懸念がある中で目標を決めさせられると、形だけの目標になってしまい、納得感を持って取り組めないケースも少なくありません。
目標に向けて取り組むときにストレスを感じる
目標を立てた後も、ストレスの要因は続きます。特に、「自分の取り組みが見てもらえていない」「何かあっても相談できない」と感じたとき、目標はかえって重荷になります。
さらに、評価が成果の数値だけに偏ると、「確実に達成できる目標を選ぼう」と考えるようになり、挑戦や工夫の余地が失われてしまいます。努力が報われないと感じる環境では、仕事が“こなすだけ”の作業となり、成長や達成感も得られにくくなります。
その他にも、目標設定によるストレスは、以下のような要因が重なって生まれます。
目標の難易度が高すぎる
現実とかけ離れた目標や、成功確率が極端に低い目標を提示されると、「達成不可能」という無力感を与えてしまいます。
目標の意義が見えない
なぜこの目標に取り組むのか、組織の目的とどうつながっているのかが不明確だと、やらされ感が残り、モチベーションが生まれにくくなります。
フォローや声かけがない
目標を設定した後に進捗確認や励ましがなく、「放置されている」と感じると、不信感や孤立感につながります。
評価への不安が強い
目標がそのまま人事評価と直結していると、「失敗できない」というプレッシャーが強まり、チャレンジを避ける傾向が生まれます。
これらをふまえると、目標設定が制度として正しいかどうかだけでなく、「社員にどう伝わっているか」「実際にどう運用されているか」を丁寧に見直すことが極めて重要であることが分かります。
経営と現場の“感覚のずれ”を埋めることが重要
多くの場合、経営層やマネジメント層は「目標は前向きな挑戦」「達成によって成長できる」と考えています。それ自体は正しい視点ですが、現場の社員が同じように感じているとは限りません。この“認識のギャップ”こそが、目標設定がストレスになる最大の温床です。
このギャップを埋めるには、現場の声に丁寧に耳を傾け、目標の意味づけや難易度調整、支援体制の見直しなど、「目標に向かって安心して取り組める環境づくり」が不可欠です。そうした土台があってこそ、社員は目標に前向きに取り組み、企業全体の成果にもつながっていくのです。
ストレスの原因となる目標設定

目標設定は本来、社員の成長や組織の成果を後押しするためのものであり、前向きな挑戦の土台であるはずです。しかし現実には、「目標がプレッシャーになっている」「かえって意欲を奪っている」という声も聞かれます。では、なぜ目標設定がストレスの原因になってしまうのでしょうか。
ここでは、よく見られるパターンをいくつか取り上げながら、その背景にある課題をひも解いていきます。
1.現実離れした「高すぎる目標」
目標設定の場面でありがちなのが、「これくらいはやってもらわないと困る」といった期待先行で高すぎる目標を設定してしまうケースです。たしかに、成長を促すには一定の負荷が必要です。しかし、社員本人が「これは無理だ」と感じるレベルの目標を掲げられた場合、それは挑戦ではなく「ノルマ」や「強制」に変わってしまいます。
特に、業務量がすでに限界に近い社員に対して高い数値目標を課したり、明確な戦略や支援がないまま「前年の1.5倍を目指そう」といった設定を行ったりすることは、強いストレスの要因となります。目標の意味を見失い、「どうせ達成できない」「また無茶を言われた」と感じた社員は、次第に目標設定自体に無関心・無力感を抱くようになります。
2.自分でコントロールできない目標
もう一つ大きなストレスの要因が「自分ではどうにもできない内容の目標」です。たとえば、営業職の社員に対して「売上を2倍に」といった目標を掲げる場合、それを達成するためには、商品力や価格設定、マーケティングの後押しなど、本人以外の要素が大きく影響します。
にもかかわらず、本人の責任だけが問われるような評価がセットになると、「理不尽さ」や「無力感」が強まり、心の負担になります。こうした目標は、努力の方向性も不明確になりがちで、社員にとっては「やる意味のない目標」になってしまいます。
3.曖昧すぎる目標
逆に、「お客様に喜ばれる対応を心がける」「チームワークを大切にする」など、ふわっとした表現の目標も、ストレスの原因になり得ます。一見すると優しい目標のように思えますが、本人にとっては「何をすればよいのかわからない」「評価の基準が不明確」と感じやすく、結果的に不安を引き起こします。
曖昧な目標は、実は評価者にとっても危険です。「印象」での判断になりやすく、納得感の低いフィードバックが生まれやすいため、信頼関係の崩壊にもつながりかねません。
4.納得感のない「押しつけ型目標」
目標設定が上司主導で一方的に決められ、「とりあえずこの目標で進めて」と言われるようなケースも、ストレスの火種になります。社員が目標に納得していない状態では、取り組みの動機づけがされず、結果としてモチベーションは上がりません。
特に、自分の意見が聞かれず、理由の説明もなく目標だけが降ってくるような場面では、「この会社では自分はただの駒にすぎない」といった無力感を生み、早期離職や組織への不信感を引き起こすリスクもあります。
5.評価と強く結びついた「失敗できない目標」
目標設定がそのまま人事評価の結果に直結していると、「絶対に失敗できない」という強い緊張感を社員に与えます。挑戦的な目標に取り組むのではなく、「確実に達成できそうな目標だけを設定する」という保守的な行動が助長され、チャレンジ精神や創造性が失われてしまいます。
また、評価に直結しているからこそ、「達成できなかったらどうしよう」という不安が常につきまとい、日々の仕事が苦しいものになってしまうのです。
ストレスの背景にある“運用の落とし穴”
以上のような事例から分かるのは、ストレスの原因は「目標という仕組みそのもの」ではなく、「目標の立て方や伝え方、フォローのあり方」にあるということです。つまり、制度設計よりも運用の質がストレスを生むかどうかを左右するのです。
経営や人事の側がいくら良かれと思って制度を整えても、現場の社員が「一方的に押し付けられている」「自分ごとになっていない」と感じてしまえば、逆効果になってしまいます。
「目標設定がストレスにならない会社」に変えるには
社員にとっての目標が「やらされ感」や「ノルマ」ではなく、「納得できるチャレンジ」になるためには、目標の内容や難易度の調整はもちろん、目標を決めるまでの進め方や関わり方そのものを、対話型・共創型にする必要があります。
目標設定の基本

目標を効果的に設定するための代表的なフレームワークとして知られているのが、「SMART(スマート)」の原則です。ここでは、目標設定の基本として、このSMARTの考え方について具体的に解説します。これは、目標が以下の5つの条件を満たしているかどうかをチェックするための考え方で、世界中の企業で活用されています。
SMART法
1.S(Specific:具体的であること)
目標は誰が見ても「何を達成するのか」が明確である必要があります。
×「営業力を高める」
○「新規顧客への訪問件数を月20件に増やす」
2.M(Measurable:測定可能であること)
進捗や成果を定量的に確認できることが大切です。数値で測れる目標は、達成度の可視化につながります。
「売上目標1,000万円」や「資料提出期限の遵守率100%」など。
3.A(Achievable:達成可能であること)
高すぎる目標はストレスになりますが、簡単すぎる目標では成長しません。「少し背伸びすれば手が届く」レベルが理想です。過去実績や環境をふまえて、現実的な範囲で設定しましょう。
4.R(Relevant:経営・部門の目標と関連性があること)
個人の目標が、会社の方針やチームの目標と結びついていることで、社員の「自分の仕事が組織にどう貢献しているか」という納得感が生まれます。これが動機づけに直結します。
5.T(Time-bound:期限が明確であること)
目標には必ず「いつまでに達成するか」という期限を設けましょう。期限があることで集中力が生まれ、進捗管理もしやすくなります。
SMART法が現場にもたらす効果
SMARTの原則に沿って目標を設計することで、社員自身が「この目標なら取り組める」「どう行動すればよいかがわかる」と前向きに捉えやすくなります。また、評価する側にとっても、目標達成度を客観的に把握しやすくなり、納得感のあるフィードバックが可能になります。
加えて、部門目標との関連性が明確になれば、個人の業務と組織全体の方向性が自然と一致し、いわゆる“縦割り”ではない、協働的な動きが生まれやすくなります。
目標設定を「制度」から「対話の場」へ
目標設定が制度上のルールとして形だけ運用されている会社では、社員が「仕方なく記入するもの」「評価のために書かされるもの」と捉えてしまいがちです。こうなると、せっかく目標を設定しても、実行には結びつかず、評価のタイミングでしか思い出されないという残念な結果になってしまいます。
一方で、目標設定のタイミングを「上司と部下の対話の場」として位置づけると、仕事の方向性、成長への期待、困っていることなどをじっくり共有する貴重な機会になります。これは、エンゲージメント向上にもつながる非常に重要な関係構築の場です。
人事が担う“目標設定の質”の支援
目標設定の質を高めるためには、現場任せにせず、人事部門が積極的に支援することも大切です。たとえば、以下のような取り組みが有効です。
- 目標設定のガイドラインやテンプレートの整備
- SMART法を活用した研修の実施
- 上司向けの「目標面談トレーニング」
- 定期的な目標の振り返りや見直しの仕組みづくり
こうした支援は、評価制度の信頼性向上だけでなく、組織全体の“成果を出す力”を底上げするためにも重要な投資といえるでしょう。
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フィードバックとフォローの重要性

― 目標設定は「設定して終わり」ではない
どれだけ丁寧に目標を設定しても、それだけでは社員の成長や組織の成果にはつながりません。本当に大切なのは、「設定した目標に対して、上司や組織がどう関わり続けるか」です。すなわち、フィードバックとフォローの質こそが、目標管理の効果を大きく左右するのです。
しかし現場では、「目標を立てたあとは放置されている」「期末になって突然評価されるだけ」といったケースも少なくありません。このような運用では、目標が“絵に描いた餅”になるばかりか、社員の不信感を招く原因にもなってしまいます。
目標は「育成と信頼のツール」
目標設定は、ただ成果を管理するための手段ではなく、本来は育成と信頼構築のツールです。上司が部下の目標に対して定期的にフィードバックを行い、その後の状況を見守りながら、適切な支援や助言を行うことで、部下は自分の進む方向に自信を持てるようになります。
また、上司からのフィードバックがあることで、「自分の努力を見てくれている」「必要なときにサポートしてもらえる」という信頼感が生まれます。これは、近年注目される「心理的安全性」――つまり、安心して発言・行動できる職場環境をつくるうえでも大きな役割を果たします。
社員が安心して挑戦できる環境づくりには、目標そのものだけでなく、目標をどう扱い、日々どう関わっていくかという流れそのものを丁寧に設計することが不可欠です。
フィードバックのタイミングが成果を変える
目標達成に向けた行動がうまくいっているか、または軌道修正が必要か。それを本人が気づくのは簡単ではありません。だからこそ、中間時点でのフィードバックが重要になります。
たとえば、半年間の目標を設定した場合、3か月目あたりで中間面談を設けるだけでも、成果への影響は大きく変わります。この時点で上司が「ここまでは順調だね」「この部分はやり方を変えてみよう」と声をかけることで、社員は安心して前に進むことができます。
逆に、期末に一度だけ評価されるような形では、本人にとっては「事後評価」にすぎず、改善の余地も学びの機会も失われてしまいます。
フィードバックが信頼関係をつくる
フィードバックは、単なる成果の報告や指摘ではありません。部下の行動や姿勢、努力を「見ている」「認めている」というメッセージでもあります。
たとえば、
- 「この取り組みはお客様に好評だったね」
- 「結果にはつながらなかったけれど、挑戦した姿勢がよかった」
- 「困っているようだから一緒に方法を考えよう」
といった一言が、部下のモチベーションや信頼感に大きな影響を与えます。
また、失敗に対しても頭ごなしに叱責するのではなく、「なぜうまくいかなかったのか」「次はどうすれば良いか」と建設的に対話することで、部下は安心して次のチャレンジに向かうことができます。
フォローの役割は「伴走者」になること
目標達成に向けて進む過程では、思わぬ障害や迷いが生じることがあります。そのときに、上司や人事が伴走者として寄り添えるかどうかが、社員の前進力を大きく左右します。
フォローとは、必要なときにアドバイスやサポートを提供するだけではなく、
- 必要な情報を共有する
- 他部署との連携を調整する
- リソース(時間・人・知識)を確保する
といった、業務環境の整備も含まれます。
目標に向けた努力を“個人任せ”にせず、組織として支援する姿勢があることで、社員は「この会社は自分の成長を大切にしてくれている」と感じるようになります。これは、人的資本の価値最大化にも直結する重要なポイントです。
フィードバックとフォローを仕組みにする
最後に、人事や経営者の立場として重要なのは、「個々の上司任せ」にしないことです。属人的な運用では、マネジメントの質にばらつきが生まれ、社員の納得度にも大きな差が出てしまいます。
そのためには、フィードバックとフォローを“仕組み”として整えることが不可欠です。たとえば、次のような取り組みが有効です。
- 中間面談のタイミングを制度として明確にする
- 面談で使える質問例やチェックリストを整備する
- 面談内容を記録・共有できる仕組みを導入する
これらは、フィードバックやフォローの質を平準化し、組織全体のマネジメント力を底上げするための基盤となります。
加えて、「目標管理を“人事評価のため”だけの仕組みにしない」という観点からも、こうした取り組みを全社的に意識して進めていくことが求められます。
目標設定のストレスを軽減するには

目標設定は、社員の行動を明確にし、成果創出と成長を支える重要な仕組みです。しかし、ここまで述べたように、目標の立て方や運用のしかたによっては、社員のストレスや不信感を招いてしまうリスクもあります。
では、どうすれば目標が「プレッシャー」ではなく「挑戦」として前向きに捉えられるようになるのでしょうか。ここでは、ストレスを軽減するための実践的な取り組みを、人事やマネジメントの立場からご紹介します。
1.目標設定を「対話の場」として設計する
ストレスの原因の多くは、「納得できない目標を一方的に与えられること」にあります。だからこそ、目標設定の過程そのものを「対話の場」と捉えることが第一歩です。
目標を一緒に考える過程では、上司が部下の考えを引き出し、「なぜこの目標に取り組むのか」「何に悩んでいるのか」といった本音に耳を傾けることが重要です。こうした対話を通じて目標の意味づけができれば、たとえ少し高めの目標であっても、社員自身の“腹落ち感”が生まれ、前向きに取り組めるようになります。
2.目標の「見える化」と「調整の余地」を持たせる
目標は一度決めたら絶対に変えてはいけない…と考える必要はありません。むしろ、業務環境や会社の状況が変化する中で、目標に柔軟性を持たせることは非常に重要です。
たとえば、「このままでは達成が難しい」と本人が感じたときに、上司と話し合って中身を見直したり、重点を変えたりする余地があると、それだけで心理的な安心感が生まれます。
また、進捗や行動を「見える化」して振り返れるような仕組み(例:定期的に上司と短い時間でも状況を確認する面談や対話の場、進捗をひと目で確認できるグラフ、1週間の取り組みを簡単に振り返る記録用のシートなど)があれば、自分のペースを把握しやすくなり、漠然とした不安を減らすことにもつながります。
3.「成果」だけでなく「行動」や「姿勢」も評価する
目標達成に向けた取り組みを正当に評価してもらえるという実感は、社員にとって大きな安心材料です。成果だけでなく、「何を工夫したか」「どんな努力を続けたか」といった行動や過程にも目を向ける評価を実施することで、結果だけに縛られた窮屈さを和らげることができます。
たとえば、「数字は届かなかったが、お客様からの信頼を得た」「部内で新しい仕組みを提案した」などの行動が、評価の中でしっかりと認められれば、社員の自己肯定感は高まり、挑戦への意欲が維持されやすくなります。
4.上司の“関わり方”をアップデートする
目標設定のストレスを和らげるには、制度や仕組みの見直しだけでなく、上司のマネジメントスキルの底上げが欠かせません。特に重要なのは、「指示命令型」から「支援・対話型」の接し方や姿勢に切り替えることです。
- 一方的に目標を押し付けるのではなく、意見を聞く姿勢を持つ
- できていない点だけでなく、できている点にも着目して伝える
- 困っている様子を察して、早めに声をかける
こうした関わりができる上司が増えることで、社員は「目標は一人で背負うものではない」と感じるようになります。これは、組織全体の心理的安全性やエンゲージメントを高めるための土台にもなります。
5.人事は「制度の運用支援役」として現場と一緒に取り組む
制度設計を担う人事部門としては、「目標設定=制度のチェック項目」として扱うのではなく、現場でうまく機能するための“運用支援者”としてのスタンスが求められます。
たとえば、
- 目標設定に関するガイドブックの配布
- 部下との対話を促進する「面談シート」の提供
- 評価面談時に役立つ質問例の提示
- 定期的なフィードバック研修の実施
こうした仕掛けを整えることで、現場の上司が安心して部下と向き合えるようになり、目標設定そのものの“質”も自然と高まっていきます。
「挑戦できる文化」をつくることが、最も大切な支援
最終的に、目標設定のストレスを軽減するカギは、「この会社では安心して挑戦できる」と社員が思えるような安心感のある企業文化を築いていくことです。
- 目標に向けて努力する姿勢が評価される
- 困ったときに助けを求められる雰囲気がある
- 達成だけでなく過程も称賛される
- 結果が出なかったときも「次の学び」に変えていける
こうした文化が根づいた組織では、社員は目標を「やらされごと」ではなく「自分の成長のための道しるべ」として捉えるようになります。
目標設定の運用は、人材育成と組織開発の“最前線”。経営や人事がその重要性を再認識し、制度と対話、仕組みと支援をバランスよく整えることで、社員一人ひとりの可能性が開花する、しなやかな組織が生まれていくのです。
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〜「目標設定」は制度ではなく、信頼と成長の対話〜
目標設定は、単なる制度や業績管理の道具ではありません。
社員一人ひとりが、自分の仕事に意味を見出し、自らの成長に向けて主体的に取り組むための“道しるべ”であり、上司や組織との信頼関係を築くための“対話の起点”でもあります。
しかし、その目標がかえってストレスとなり、社員を追い詰めてしまっているとしたら――。
それは目標そのものに問題があるのではなく、目標の立て方・伝え方・関わり方に改善の余地があるということです。
組織として「どうすれば安心して挑戦できる環境をつくれるのか」「どうすれば納得感のある目標設定ができるのか」を問い直すことは、今の時代に求められる人的資本経営の第一歩です。
社員が目標に向かっていきいきと働く姿は、組織の未来そのものです。
制度や仕組みだけでなく、「対話」「支援」「共感」といった人の力を重ね合わせながら、目標を“成果につながる挑戦”へと育てていく――そんな企業文化が、これからの成長を支えていくのではないでしょうか。
監修者

- 株式会社秀實社 代表取締役
- 2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。
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