企業の成長を支える「人材」は最大の資産です。しかし、効果的な人材の採用や育成、配置を行うには、人事戦略の策定が欠かせません。そもそも「人事戦略とは何か?」どのように立てれば組織の成長に貢献するのか。本コラムでは、その立て方やメリット、成功のポイントを詳しく解説し、組織づくりに役立つフレームワークも紹介します。
Contents
人事戦略とはなにか

人事戦略とは、企業や組織が掲げる経営目標を実現するために、人材の採用、育成、評価、配置、報酬などを包括的に計画・実行する仕組みのことです。従来の単なる人事業務との違いは、経営戦略の一環として組織全体の成長を見据えている点にあります。 企業の成長や競争力の向上に欠かせない人材マネジメントを戦略的に行うための指針ともいえます。
人事戦略の主な構成要素
効果的な人事戦略を構築するためには、以下のような構成要素を検討することが重要です。人事戦略は、単発の人事施策とは異なり、採用・育成・評価・配置を一貫して計画し、経営目標と結びつける点に違いがあります。
1.採用戦略
どのような人材を、どのような手段で採用するかを決定します。求人広告、社員からの紹介、特定の人材を直接スカウトする方法などを検討し、自社に合った人材を確保します。
2.育成・研修戦略
新入社員から管理職まで、キャリアの各段階に応じたスキルや知識を提供する研修を計画します。近年では、eラーニング(インターネットを使って学習できる仕組み)やOJT(On-the-Job Training 職場で実務を通じて学ぶ方法)を活用する企業も増えています。
3.評価・報酬制度
公平かつ透明性の高い評価基準を設定し、成果に基づいて報酬を支給します。この制度が適切でないと、従業員のモチベーションが低下するリスクがあります。
4.配置とキャリア開発
従業員一人ひとりの適性や希望を考慮し、適切な適切な役割や担当業務に配置します。また、長期的に成長し続けられる道筋や昇進の仕組みを提供することで、優秀な人材の離職を防ぎます。
5.働き方改革への対応
テレワークやフレックスタイム制の導入など、柔軟な働き方を推進することも重要です。これにより、従業員の仕事と私生活のバランスが向上し、組織全体の生産性が高まります。
人事戦略の具体例
たとえば、あるIT企業では「次世代リーダー育成」を経営戦略の柱として掲げました。この目標を達成するために導入した人事戦略は、従来の個別研修とは違い、長期的なリーダーシップ育成と組織全体の競争力向上を見据えた体系的な取り組みでした。
- 技術スキルだけでなく、リーダーシップスキルを育成するための研修プログラムを設計。
- 高い潜在能力を持つ若手社員を早期に特定し、プロジェクトマネジメントの経験を積ませる。
- 公平な評価と報酬制度を導入し、成果を出した社員を適切に評価。
これにより、短期間で複数のリーダー候補を育成することに成功し、企業全体の競争力向上につなげました。
人事戦略は、単なる人材管理を超え、経営戦略を実現するための重要な手段です。採用から育成、評価、報酬、配置に至るまで、組織の全体像を見渡しながら体系的に設計・実行することで、企業の持続的な成長を支えることができます。これからの経営環境においては、人材という「資産」をいかに活用するかが、企業の成功の鍵を握るのです。
関連コンテンツ
なぜ人事戦略を立てるのか

人事戦略を立てる理由は、企業が持続的な成長を遂げるために必要不可欠な「人材」という資源を最適に活用し、経営目標を達成するためです。組織が成長するためには、経営戦略を支える土台として人事戦略が機能しなければなりません。ここでは、人事戦略が必要とされる背景や目的を詳しく解説します。
組織における人事戦略の重要性
現代の企業環境では、以下のような要因が組織に影響を与えています。
1.競争の激化
ビジネス環境の変化が急激に進む中、他社との差別化を図ることが重要です。製品やサービスだけでなく、人材の質が競争力を左右する要素となっています。特に、優れた人材の確保と育成は、競争優位性の確立に直結します。
2.人的資本の価値の向上
近年、「人的資本経営」という考え方が注目されています。これは、人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、戦略的に投資することで、組織全体の成果を最大化しようとする考え方です。人事戦略は、この考え方を具体化するための重要な手段です。
3.人材の多様化と価値観の変化
ダイバーシティ(多様性)の推進や働き方改革により、さまざまな背景を持つ人材が活躍しています。一方で、従業員の価値観も多様化しており、個々の仕事に対する考え方や生活スタイルに応じた柔軟な戦略が求められています。
4.労働力不足とスキルギャップ
少子高齢化による労働力人口の減少や、デジタル技術の進展による必要な能力と実際の能力とのずれが深刻化しています。このような状況下では、限られた人材をいかに効率的に活用するかが、組織を効果的に運営するための重要なポイントとなります。
人事戦略を立てる目的
1.経営戦略の実現
人事戦略は、経営戦略の実現を支える重要な要素です。たとえば、新規事業を展開する場合、必要なスキルや経験を持つ人材を採用し、育成する計画を立てることが不可欠です。また、既存の従業員の能力を引き出すための施策を講じることも重要です。
2.組織の生産性向上
人事戦略を通じて、従業員が最大限の能力を発揮できるよう支援することは、組織全体の生産性向上につながります。適材適所の配置やモチベーションを高める評価制度を設けることで、個々の成果が向上します。
3.人材の確保と育成
人材市場が競争的になる中で、優秀な人材を確保し、長期的に育成することは組織の持続可能性を高めます。特に、次世代リーダーの育成や専門スキルを持つ人材の確保は、将来の競争力を左右します。
4.従業員への満足度と組織への愛着を高める
従業員が自らの仕事に満足し、組織に対して帰属意識を持つことは、企業の成長に不可欠です。人事戦略を通じて、従業員のキャリア形成や働きやすい環境を整えることで、従業員の仕事への満足度と組織への愛着が高まり、離職率を低下させることができます。
人事戦略を立てることは、単なる人事部門の取り組みに留まらず、経営戦略を支える重要な役割を果たします。現代のビジネス環境では、人材という資産をいかに活用するかが企業の成長を左右する要因となっています。
人事戦略を通じて、経営目標を達成し、組織全体の生産性を高めるだけでなく、従業員一人ひとりが能力を発揮し、働きがいを感じられる環境を構築することが求められています。人事戦略をしっかりと設計し、実行することで、企業の持続的な成長を支える強固な基盤を築くことができるのです。
人事戦略を立てるメリット

人事戦略を立てることは、単に人事部門だけでなく、組織全体の成長や発展に直結する重要な取り組みです。以下では、具体的なメリットを7つの観点から解説します。
1.従業員の適材適所を実現できる
適切な人事戦略を立てることで、従業員一人ひとりのスキルや経験、特性を正確に把握し、それぞれが最も力を発揮できる役割や担当業務に配置できます。これにより、個々の能力を最大限に引き出すことができ、組織全体の生産性向上につながります。
たとえば、ある製造業の企業では、従業員の強みを分析し、適した部署に配置した結果、製品の品質向上や顧客満足度の大幅な向上を実現した事例があります。このような成功事例は、多くの企業で共通して見られます。
2.従業員のモチベーション向上
人事戦略を通じて、従業員が自分の将来の働き方や成長の方向性に沿った働き方を実現できる環境を整えると、自然とモチベーションが高まります。具体的には、定期的なキャリア面談やスキルアップのための研修制度を設けることで、従業員が自分の成長を実感できるようになります。
従業員が「この会社で働き続けたい」と思える職場環境を作ることは、離職率の低下にも寄与します。特に若い世代の従業員は、自分の成長やキャリア形成を重視する傾向があるため、この点は非常に重要です。
3.組織の目標達成に直結する
人事戦略を組織全体の経営戦略と連携させることで、会社が目指すビジョン(企業が将来実現したい理想的な姿)や目標の実現に向けた人材配置が可能になります。たとえば、新規事業の立ち上げを進める際には、その分野に特化した知識やスキルを持つ人材を採用・育成し、適切に配置する必要があります。
さらに、従業員の目標と組織の目標が一致することで、組織全体の一体感が生まれ、従業員が主体的に行動するようになります。この一体感が、組織全体の成果向上を支える原動力となります。
人材は組織の最も重要なリソース(資源や財産)です。このリソースを効果的に活用することが、競争力の強化や業績向上につながります。
4.業績向上に寄与する
戦略的な人事施策を実施することで、組織全体の生産性や業績向上が期待できます。たとえば、データ分析を活用して高成果の要因を特定し、それを基に評価制度や研修プログラムを設計することで、全従業員の成果を底上げできます。
さらに、リーダー候補の育成に注力することで、将来的な組織の成長を支える基盤が形成されます。これにより、持続的な業績向上が可能になります。
5.人材の定着率向上
適切な人事戦略がない場合、従業員は自身の役割や将来の成長の道筋が不透明であると感じ、モチベーションを失ったり、離職したりする可能性があります。逆に、人事戦略がしっかりしていると、従業員は会社の中での自分の成長や将来の姿を具体的に描けるため、長期的な視点で会社に貢献しようとする意欲が高まります。
6.企業文化の育成・定着
人事戦略は、組織の文化や価値観を育て、定着させる役割も担います。たとえば、チームワークを重視する文化を推進したい場合、協働を評価する仕組みや研修プログラムを導入することで、組織全体にその文化を浸透させることが可能です。
戦略的に企業文化を育てることで、従業員同士の連携がスムーズになり、全体の成果が向上します。
7.外部環境への対応力強化
市場や業界の変化に柔軟に対応するためには、組織としての適応力が必要です。人事戦略を通じて、スキルアップやさまざまな業務を経験する機会を提供することで、従業員が変化に迅速に対応できる組織を構築できます。
たとえば、デジタル技術が進展する現代では、ITスキルやデータ分析能力が求められる場面が増えています。このような状況に対応するため、人事戦略で成長のための学びの計画を策定し、従業員に提供することが重要です。
人事戦略を立てることは、組織全体の成長を支える「土台」を構築することに等しいです。適材適所の配置や従業員のモチベーション向上、企業文化の育成・定着など、具体的なメリットは多岐にわたります。また、業績向上や定着率改善にもつながるため、人事戦略をしっかり設計・運用することが、組織の持続的な成功に欠かせない要素と言えるでしょう。
人事戦略を立てる手順

人事戦略を立てる手順は、企業のビジョンや経営戦略を基盤にしながら、人材に関する具体的な目標や施策を明確にしていく流れを指します。以下の6つの手順を踏むことで、効果的な人事戦略を構築することができます。
1.経営戦略を理解する
人事戦略を立てる第一歩は、企業全体の経営戦略を深く理解することです。経営戦略は、「どの市場で」「どのような価値を提供していくのか」といった企業の基本方針を示します。この戦略を理解しないまま人事戦略を立案すると、企業全体の方向性と人事の取り組みがかみ合わず、効果が半減してしまいます。
たとえば、経営戦略が「高付加価値の製品を提供し、プレミアム市場で競争する」場合、人事戦略としては専門性が高く、新しいアイデアや技術を生み出す人材の確保や育成が必要です。一方で、低コストで競争力を高める戦略を採用する企業であれば、効率的に業務を遂行できる人材配置が求められます。
2.現状の人材資源を分析する
次に、企業内の人材資源の現状を分析します。これは、現時点で企業が抱える強みと課題を把握する作業です。具体的には、過去の人事データや評価資料、スキルマップなどの資料を基に、以下の視点で分析を行います。
スキルギャップ | 現在の従業員が持つスキルと、企業が必要とするスキルの差を分析します。 |
組織構造 | 各部門の役割や相互作用が適切かを検証します。 |
人員配置 | 人材が適切な役割や担当部署に配置されているか、過不足がないかを確認します。 |
たとえば、IT化が進む市場で、社内にIT人材が不足している場合には、新たな採用戦略や既存社員へのスキル研修が必要になるでしょう。
タレントマネジメントの活用
現状分析をより高度に行うために、「タレントマネジメント」の考え方を取り入れます。タレントマネジメントとは、個々の従業員のスキル、適性、キャリア志向を把握し、最適な配置や育成計画を行う仕組みです。
具体的には、
人材データベースの活用 | 個々の従業員情報を一元管理し、スキルや経験を可視化する。 |
成長が期待できる人材の把握 | リーダー候補や将来の中核を担う人材を早期に発見し、育成計画を立てる。 |
適材適所の実現 | 各人の強みやキャリア志向に合わせた最適な役割や配置を行う。 |
このようにタレントマネジメントを活用することで、企業の経営戦略に合致した人材の最適化が可能となり、強力な人事戦略の基盤が築かれます。
3.目指すべき人材像を定義する
経営戦略や現状分析を基に、「どのような人材が必要なのか」を明確にします。これを「目指すべき人材像」と呼びます。具体的には、以下の要素を検討します。
- 必要なスキルや知識
- 求められる行動特性や価値観
- 部門ごとの特化スキルやリーダーシップ能力
たとえば、グローバル展開を目指す企業であれば、英語力や多文化対応力を持つ人材が求められるでしょう。一方で、地域密着型ビジネスでは、地元の文化や顧客に詳しい人材が必要です。
4.人事戦略の目標を設定する
次に、人事戦略の具体的な目標を設定します。この目標は、数値で表すことが難しい特性や状態を示す『定性的』なものだけでなく、数値で具体的に表せる『定量的』な目標を含むことが重要です。たとえば以下のような設定が考えられます。
採用目標 | 1年間で特定スキルを持つ人材を10名採用する。 |
育成目標 | 管理職候補を3年以内に20名育成する。 |
定着率向上 | 新入社員の3年以内離職率を20%から10%に削減する。 |
これらの目標を設定する際には、経営戦略や市場環境を踏まえた実現可能性を考慮することが重要です。
5.具体的な施策を設計する
目標達成のためには、それぞれの目標に沿った具体的な施策を設計することが重要です。ここでは、設定した「採用目標」「育成目標」「定着率向上」に対して、取り組むべき施策の例を紹介します。
1.採用目標:「1年間で特定スキルを持つ人材を10名採用する」
施策例:ターゲット人材の明確化と採用活動の強化
1.採用基準の明確化
必要なスキル、経験、適性を具体的に定義し、採用基準を明確にします。たとえば、「ITスキル」「リーダーシップ経験」など。
2.採用手段の多様化
ダイレクトリクルーティング | 特定スキルを持つ人材に直接声をかける方法。 |
リファラル採用 | 社員からの人材紹介制度を活用する方法。 |
専門採用媒体 | 業界やスキル特化型の採用サイトやSNSを活用する方法。 |
3.採用活動の魅力づけの強化
自社の魅力を伝えるため、採用パンフレットや動画を制作し、会社への関心を高めます。たとえば、従業員インタビューや会社の働き方の紹介を含めるなど。
2.育成目標:「管理職候補を3年以内に20名育成する」
施策例:体系的な育成プログラムの導入
1.次世代リーダー研修の実施
管理職に必要なスキル(リーダーシップ、問題解決力、マネジメント能力)を体系的に学べる研修を提供します。たとえば、集合研修、ケーススタディ、ディスカッション形式のプログラムなど。
2.メンター制度の導入
現役の管理職が候補者をサポートするメンター制度を導入し、経験を共有しながら育成します。たとえば、月1回の面談や指導の場を設けるなど。
3.実践型OJT(職場内訓練)
管理職候補にプロジェクトリーダーなどの役割を与え、実務を通じてスキルを磨く機会を提供します。たとえば、期間限定で小規模なチームの運営を任せ、振り返りを行うなど。
3.定着率向上:「新入社員の3年以内離職率を20%から10%に削減する」
施策例:サポート体制と職場環境の改善
1.オンボーディングプログラムの強化
入社直後の新入社員に対し、業務の理解や会社文化への適応を支援するプログラムを実施します。たとえば、入社後3カ月間の研修や定期的な1on1ミーティングを行うなど。
2.キャリア支援・相談体制の構築
新入社員が自身の成長や将来像を描けるように、キャリア面談を定期的に実施します。たとえば、半年ごとに上司や人事と将来の目標を話し合う面談を行い、具体的な目標を設定するなど。
3.働きやすい職場環境の整備
柔軟な働き方の導入やハラスメント対策など、働きやすい職場環境を構築します。たとえば、フレックスタイム制度やメンタルヘルスサポート窓口の設置など。
4.エンゲージメント調査の実施
従業員満足度や働きがいを測るアンケートを定期的に実施し、改善策を講じます。たとえば、年2回の満足度調査と結果に基づいた職場改善施策の実施など。
目標達成のためには、具体的な施策を設計し、実行可能な計画に落とし込むことが大切です。
6.モニタリングと改善を行う
人事戦略は、一度立てて終わりではありません。市場環境や経営方針の変化に応じて、継続的にモニタリングし、必要に応じて修正を加えることが求められます。定期的な振り返りでは、KPIのデータや過去の進捗報告資料を活用し、改善点を明確にしていきます。
KPI(重要業績評価指標)の設定
戦略の進捗状況を測る指標を設定します(例: 採用率、研修受講率、離職率など)。
定期的な振り返り
四半期ごと、半年ごとに進捗を確認し、必要な改善策を講じます。
フィードバック収集
従業員や管理職からの意見を聞き、現場の課題を反映します。
たとえば、離職率が予想以上に高い場合、その原因を探り、働きやすい環境づくりや評価制度の見直しを行います。
人事戦略を立てる手順は、このような一連の流れで構成されます。この流れを踏むことで、企業全体の方向性と一致した効果的な人事戦略が実現します。重要なのは、戦略を実行可能な計画として落とし込み、変化に応じて柔軟に対応することです。
人事戦略を成功させるためにはどうしたらいいか

人事戦略を成功させるためには、企業の方向性や環境に適応しつつ、組織と従業員双方のニーズを満たす具体的な取り組みが必要です。以下では、成功のために重要となるポイントを順に解説します。
1.経営戦略と整合性を保つ
人事戦略は、企業の経営戦略を実現するための重要な手段です。経営戦略が達成したいゴールを明確にし、それに基づいて「どのような人材が必要か」「どのように人材を育てるべきか」を逆算して設計することが不可欠です。
たとえば、新規市場への進出を目指す企業なら、マーケティングや海外展開に強い人材を育成・確保する必要があります。一方で、内部効率化を重視する場合には、業務改善やデジタルスキルに長けた人材の開発が求められます。
2.目標を具体化する
成功する人事戦略では、達成すべき目標を数値や行動レベルで明確にすることが求められます。「従業員満足度を高める」「生産性を向上させる」といった曖昧な目標ではなく、たとえば「従業員満足度調査で80%以上の満足度を達成」「生産性を10%向上」など、測定可能で具体的な目標を設定しましょう。
また、その目標に向けて段階的に達成すべき短期、中期、長期の指標を設定することで、進捗を追いやすくなります。
3.経営陣と現場のコミュニケーションを徹底する
人事戦略が机上の空論で終わらないためには、経営陣と現場の従業員との間で適切なコミュニケーションが欠かせません。経営陣が「なぜこの戦略が必要なのか」「戦略を通じて企業がどう変わるのか」を従業員にしっかりと説明し、戦略を全社的な目標として共有することが重要です。また、現場からのフィードバックを積極的に取り入れることで、戦略を現実に即したものに調整できます。
4.柔軟性を持たせる
人事戦略は、策定後に環境の変化や組織の状況に応じて調整が必要です。特に近年のビジネス環境は変化が早く、事業計画が大きく見直されるケースも少なくありません。そのため、あらかじめ戦略を見直すための仕組みや、必要に応じて改善を行う手順を設けておくとよいでしょう。定期的に戦略の効果を検証し、適切な修正を行うことで、長期的に有効な人事戦略を維持できます。
5.評価と報酬の連動
戦略を実現するためには、評価制度と報酬体系がしっかりと連動している必要があります。たとえば、「新しいアイデアや仕組みを生み出す」という目標がある場合、成果を上げた従業員やチームに適切な報酬や昇進を与える仕組みがなければ、目標達成は困難です。
逆に、不公平感を与える評価や報酬体系は、モチベーションの低下を招きます。透明性のある評価基準を整え、それを定期的に見直すことが大切です。
6.従業員のやる気と働きがいを高める
人事戦略を成功させるには、従業員がその戦略に賛同し、主体的に取り組むことが欠かせません。従業員が「この会社で働く価値がある」と感じられるよう、働きがいやキャリア形成の支援を行うことが重要です。具体的には、能力向上を支援する研修制度や将来のキャリアの道筋の明確化、定期的なフィードバックを通じて、従業員のやる気と働きがいを高める取り組みを実施しましょう。
7.リーダーシップの強化
現場を動かすリーダーの役割は極めて重要です。リーダーが人事戦略を正しく理解し、それを現場に浸透させられるかどうかが、戦略の成否を左右します。そのため、リーダー向けの研修やコーチングを実施し、戦略の推進役となるリーダーを育成することが不可欠です。
8.データとテクノロジーの活用
近年の人事戦略では、データ分析やテクノロジーの活用が重要な役割を果たします。従業員の成果や離職率などのデータを分析し、戦略の効果を定量的に測定することで、戦略の有効性を高めることができます。また、HRテック(人事関連テクノロジー)の導入によって、採用活動や研修プログラムの効率を向上させることも可能です。
人事戦略を成功させるには、このようにさまざまな要素を考慮する必要があります。これらを一貫して実行することで、組織全体で人事戦略を実現し、企業の成長につなげることができるのです。
組織戦略との関係性

企業が成功するためには、全体の目指すべき方向性を定める「経営戦略」と、それを実現するための具体的な仕組みを設計する「組織戦略」の連携が不可欠です。
経営戦略は、企業全体のビジョンや競争優位性を築くための基本方針を指し、外部環境や市場の動向に応じた長期的な計画を描きます。一方で、組織戦略はその経営戦略を支えるために、どのような組織構造を作り、人材を活用していくかを内部視点で設計する役割を担います。
人事戦略は、企業全体の方向性を定める「組織戦略」と密接に結びついています。ここでは、組織戦略と人事戦略の関係性を明らかにし、両者をうまく連携させる重要性を解説します。
組織戦略と人事戦略の位置づけ
組織戦略は、企業の長期的な目標やビジョンを実現するための指針です。市場での競争優位性を確保し、事業を成長させるために、どの分野に資源を投入し、どのような行動を取るべきかを定めます。一方、人事戦略は、その組織戦略を支える「人」に焦点を当て、必要な人材をどのように採用、育成、配置し、活用するかを具体化したものです。
たとえば、企業が新たな市場に参入することを組織戦略に掲げた場合、人事戦略ではその市場に対応できるスキルを持つ人材の採用や育成が求められます。また、既存事業の効率化を目指す組織戦略を掲げるならば、人事戦略では既存社員の業務効率向上を図る仕組み作りが重要となります。
なぜ両者の連携が必要なのか?
組織戦略と人事戦略が連携していない場合、組織全体で目指す目標に対して、社員一人ひとりが適切に動けないという状況が生まれます。たとえば、事業拡大を目指しているのに、そのためのリーダーシップや専門スキルを持つ人材がいない、または社員がその必要性を理解していない場合、目標達成が遠のきます。
以下は、両者が連携することで得られる具体的なメリットです。
1.目標の一貫性が保たれる
組織全体の目標に対して、部門ごとの人材の役割や責任を明確にすることで、経営層から現場までの一貫した行動を引き出します。
2.資源の効率的な配分
人材の採用や育成に関する投資が、組織戦略に即して行われるため、無駄が減り、効果的なリソース配分が可能になります。
3.組織文化の形成
組織戦略に沿った行動指針が、全社員の共通意識として浸透することで、目標に向けた組織全体の一体感を醸成します。
組織戦略と人事戦略を統合するための進め方
組織戦略と人事戦略を統合するためには、以下の手順が効果的です。
1.組織戦略の明確化
経営層が主導して、企業が長期的に目指す姿を定義し、各部門が達成すべき具体的な目標を設定します。
2.人材ニーズの特定
組織戦略を実現するために必要なスキルや経験、行動特性を持つ人材像を明確にします。
3.人事戦略の策定
必要な人材を採用・育成・配置する計画を立て、それを実現する仕組み(評価制度や研修プログラムなど)を構築します。
4.実行と調整
人事戦略を進める過程で、事業環境の変化や社員の反応をモニタリングし、組織戦略と整合性を保ちながら柔軟に調整します。
成功事例:ある製造業のケース
ある製造業の企業では、海外市場への進出を組織戦略として掲げました。それに伴い、人事戦略として以下の施策を実施しました。
- 語学や異文化理解に特化した研修の実施
海外市場でのビジネス展開に必要なスキルを従業員に提供。- グローバル人材の中途採用
現地の商習慣に詳しい即戦力を外部から採用。- リーダー候補者の選抜と育成
海外拠点のマネジメントを担う人材を社内から選び、特別プログラムを実施。
これらの施策により、企業は海外進出後3年で現地法人を安定稼働させ、売上を大幅に伸ばすことに成功しました。この成功は、組織戦略と人事戦略が連動していたことが大きな要因です。
注意すべきポイント
組織戦略とのズレを定期的に確認する
市場環境の変化や組織戦略の見直しが行われた際、人事戦略がその変更に対応できているかをチェックする必要があります。
部門間の連携を強化する
人事部門だけが独自に動くのではなく、事業部門や経営層と密接に連携する体制が重要です。
現場社員の理解を深める
組織戦略や人事戦略の背景や目的が現場レベルで共有されないと、社員の協力が得られず、計画が形骸化してしまいます。
人事戦略は組織戦略の成功を支える重要な要素です。両者の連携が取れていなければ、どんなに優れた戦略を立てても、その実行力が欠け、目標を達成することは困難です。
逆に、組織戦略と人事戦略をしっかりと結びつけることで、企業全体が一体となり、目標に向かって進む体制が整います。そのためには、経営層が中心となり、組織全体での一貫性を保つことが求められます。
覚えておきたいフレームワーク

人事戦略を効果的に立案・実行するためには、現状を正確に把握し、課題を明確にした上で適切な施策を設計することが重要です。そのために活用したいのが、フレームワークです。本記事では、「SWOT分析」「TOWS分析(クロスSWOT分析)」「ロジックツリー分析」の3つに焦点を当て、それぞれの特徴や活用方法について詳しく紹介します。
1.SWOT分析:現状を把握する基本フレームワーク
SWOT分析は、自社や組織の「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」を整理するフレームワークです。人事戦略においても、現状を客観的に把握し、課題と可能性を明確にする際に活用できます。
SWOTの4要素
強み(Strengths) | 他社と比べた際の自社の優位性や、人材面での強み(例:高い技術力、社員の定着率が高い) |
弱み(Weaknesses) | 組織や人事面での課題や改善点(例:リーダー層の不足、教育体制が不十分) |
機会(Opportunities) | 外部環境の変化でチャンスとなる要素(例:労働市場のデジタル人材増加、働き方改革の追い風) |
脅威(Threats) | 外部環境のリスクや脅威(例:競合による優秀な人材の引き抜き、少子高齢化による採用難) |
活用例
たとえば、人材戦略を検討する場合のSWOT分析は以下のようになります:
強み | 採用活動の知名度が高く、一定の応募者が確保できる |
弱み | 社内で次世代リーダー候補の育成が進んでいない |
機会 | リモートワーク導入で全国から優秀な人材を採用できる |
脅威 | 同業他社が積極的に高度人材の採用に動いている |
SWOT分析によって整理された現状を踏まえ、次に進むべき施策を検討します。
2.TOWS分析(クロスSWOT分析) SWOTを具体的な施策に落とし込む
TOWS分析は、SWOT分析で洗い出した4つの要素を組み合わせ、具体的な戦略や施策を導き出すフレームワークです。「クロスSWOT分析」とも呼ばれます。
TOWSの4つの戦略
SWOTの組み合わせによって以下の4つの戦略を考えます。
強み×機会(SO戦略) | 自社の強みを活かし、機会を最大限に活用する戦略(例:強み「技術力」を活かし、機会「デジタル市場拡大」に対応する新規人材の採用) |
弱み×機会(WO戦略) | 弱みを改善し、機会を活かす戦略。(例:弱み「リーダー層の不足」を改善するため、機会「リモート研修ツール」を活用し、育成プログラムを強化) |
強み×脅威(ST戦略) | 強みを活かし、脅威を回避・対策する戦略(例:強み「採用知名度」を活かし、脅威「競合の人材引き抜き」に対抗するため採用条件を強化。) |
弱み×脅威(WT戦略) | 弱みを補いながら、脅威に対応する守りの戦略(例:弱み「育成体制の不十分さ」を改善し、脅威「社員の離職増加」を防ぐため、評価制度を見直す。) |
活用例
SWOT分析で整理した項目をTOWS分析に当てはめ、具体的な行動計画に落とし込みます。これにより、「課題」と「施策」の関係が明確になり、実行可能な戦略を構築できます。
3.ロジックツリー分析 課題を深掘りし、解決策を整理する
ロジックツリー分析は、課題や目標を階層的に細分化し、原因や解決策を明確にするフレームワークです。人事戦略の中で、課題の深掘りや施策の整理に役立ちます。
主な種類
1.問題ツリー
問題の原因を細分化し、根本原因を探る。
2.解決ツリー
目標達成のための解決策や手段を分解する。
活用手順
1.中心に課題や目標を設定
例:「離職率の改善」「次世代リーダーの育成」
2.要素を細分化する
例:「なぜ離職率が高いのか?」→「職場環境の不満」「昇進や成長の道筋の不透明さ」
3.解決策を整理する
例:「職場環境改善」→「残業時間の削減」「コミュニケーション機会の増加」
「昇進や成長の道筋の不透明さ」→「明確な昇進制度の導入」「定期的なフィードバック実施」
活用例
「次世代リーダーが不足している」という課題をロジックツリーで分解すると
原因①:リーダー候補の育成が不足している
→ 解決策:育成プログラムの導入、OJTの強化
原因②:リーダー候補の発掘が遅れている
→ 解決策:早期選抜制度の導入
このように、課題を可視化し、解決に向けた施策を整理できます。
「SWOT分析」「TOWS分析(クロスSWOT分析)」「ロジックツリー分析」は、人事戦略の現状把握から課題の解決策までを一貫してサポートするフレームワークです。
SWOT分析で現状を整理し、
TOWS分析で具体的な戦略を立て、
ロジックツリー分析で課題の原因と解決策を深掘りする。
これらを組み合わせることで、人事戦略の質が高まり、実効性のある取り組みが可能になります。自社の状況に応じて柔軟に活用し、持続的な組織成長につなげましょう。
関連コンテンツ
まとめ
人事戦略は、企業の成長と組織の継続的な発展を支える重要な要素です。経営戦略を基盤とし、現状の課題を正確に把握した上で、適切な人材の確保・育成・配置を進めることで、組織全体の生産性向上や競争力強化につながります。
本コラムでは、人事戦略の基本から、その必要性や具体的な立て方、成功のポイントまでを解説しました。特に、「覚えておきたいフレームワーク」として紹介した SWOT分析、TOWS分析、ロジックツリー分析 などは、人材戦略を体系的かつ効果的に進めるための道具として役立つでしょう。
人事戦略の立案と実行において大切なのは、経営戦略と連動させること、そして現場の声を反映しながら柔軟に改善を繰り返すことです。組織や市場の状況は常に変化しています。戦略を一度立てたら終わりではなく、定期的に見直しを行い、必要な修正や新たな施策を取り入れることで、より実効性の高い人事戦略が実現します。
「人」が企業の最大の資産であり、強い組織をつくる土台となります。人事戦略を通じて、一人ひとりの力を最大限に引き出し、企業全体の成長を支える仕組みを構築しましょう。
監修者

- 株式会社秀實社 代表取締役
- 2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。
最新の投稿
1 組織戦略・マネジメント2025年2月7日組織論が果たす役割とは?
2 人事評価制度2025年1月5日人事異動の内示を正しく伝える方法を解説!トラブル回避のポイントとは?
2 人事評価制度2025年1月3日人事異動の決め方とは?成功のためのポイントを解説
5 部下指導・育成2024年12月31日リスキリングとは?社員研修における研修解説
コメント