急速に進むDXや市場環境の変化により、企業に求められるスキルや知識は年々多様化・高度化しています。従来の経験や専門性だけでは対応しきれない局面が増える中、「リスキリング」は人材育成戦略の中核として注目を集めています。リスキリングとは、従業員が新たな業務や役割に必要なスキルを計画的に学び直し、企業の競争力を維持・強化するための取り組みです。
本コラムでは、その必要性や注目される理由、日本企業における現状、導入の流れ、さらにはリカレント教育との違いや導入事例までを幅広く解説します。人事部門が直面する課題に対して、リスキリングをどのように活用できるのか、具体的なヒントをお届けします。
< このコラムでわかる3つのポイント >
1.リスキリングとは何かとその重要性・注目される理由
2.日本企業におけるリスキリングの現状と導入までの具体的ステップ
3.リスキリング導入時の注意点と事例から得られる実践的な学び
Contents
リスキリングとは
「リスキリング」とは、従業員が新たな業務や役割に必要なスキルを身につけるための学び直しの取り組みです。単なる研修ではなく、企業の成長戦略と直結する重要な人材育成手法として注目されています。
リスキリングの基本定義と背景
リスキリング(Reskilling)は、英語の「Re(再び)」と「Skill(技能)」を組み合わせた言葉で、「新たな職務や変化した業務に対応するための技能の再習得」を意味します。もともとは海外で労働市場の再編やテクノロジーの進化に伴い必要性が高まった概念ですが、日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進やビジネス環境の変化を背景に、急速に広まっています。
例えば、製造業でAIやIoTの導入が進むと、従来の機械操作スキルだけでは不十分になり、データ分析やシステム運用といった新しい能力が求められます。営業職であっても、オンライン商談やデジタルマーケティングへの対応力が必須になっています。このように、職務の内容そのものが変わる中で、従来の知識や経験だけでは成果を出しづらくなっているのです。
リスキリングと従来の研修の違い
従来の企業研修は、現在の業務をより効率的にこなすためのスキル向上が中心でした。一方、リスキリングは「将来必要となる業務」に目を向けて計画されます。つまり、短期的な改善ではなく、中長期的な戦略の一環として位置づけられ、企業の成長ビジョンや事業方針と密接に関連しています。
このため、対象スキルの選定や学習プログラムの設計には、経営層や人事部門だけでなく、現場の意見も取り入れる必要があります。また、学び直しの範囲は単に技術的スキル(ハードスキル)だけでなく、問題解決力やコミュニケーション力といったソフトスキルにも及びます。
海外と日本における理解の差
海外、特に欧米ではリスキリングは「労働市場の流動性を高めるための国家戦略」の一部として位置づけられることが多く、政府、教育機関、企業が連携して取り組む事例が多数あります。米国ではIT関連スキルのリスキリングを提供する非営利団体が活発で、失業者やキャリアチェンジ希望者の再就職支援に直結しています。
一方、日本ではまだ「社内教育の一部」として捉えられることが多く、業務改革や新規事業と直接リンクさせた取り組みは限られています。しかし経済産業省の提言や補助金制度など、国による支援が強化されつつあり、今後は企業規模を問わず重要性が増すと考えられます。
リスキリングの具体的な対象領域
リスキリングの対象は多岐にわたります。例えば、DX推進に伴うITスキルの習得、データ分析やAI活用、サステナビリティに関連する新規業務への対応、海外市場展開に向けた語学力や異文化理解などがあります。
分野 | 習得が求められるスキル例 |
---|---|
DX・IT | プログラミング、データ分析、クラウド活用 |
マーケティング | デジタル広告運用、SNS戦略、顧客データ分析 |
サステナビリティ | ESG関連知識、省エネ技術、循環型ビジネスモデル |
グローバル | 英語・中国語等語学力、異文化マネジメント |
リスキリングは、単に従業員を教育する施策ではなく、変化の激しい時代において企業が持続的に価値を生み出すための基盤です。特にDXや市場構造の変化は待ってくれないため、必要なスキルの特定と早期習得が競争力の源泉となります。企業にとっては人材投資、従業員にとってはキャリアの可能性を広げる手段として、戦略的に取り入れることが求められています。
リスキリングの必要性は?

急速な技術革新と市場環境の変化は、企業と従業員双方にこれまで以上の適応力を求めています。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)の波は、業務の進め方や必要とされるスキルを根本から変えています。リスキリングは、こうした環境変化に対応し、企業が持続的に成長するために欠かせない戦略的な手段です。
かつては長期雇用を前提とし、入社後の教育と経験を積み重ねることで専門性を高める「終身雇用型」のスキル形成が主流でした。しかし、近年では事業のライフサイクルが短縮し、数年単位で業務内容や求められる知識が大きく変わります。このため、従業員が入社時に持っていたスキルセットだけでは十分ではなくなっているのです。
変化のスピードとスキルの陳腐化
技術革新のスピードは年々加速しています。特にIT分野では、数年前に最新だった技術が短期間で古くなり、新しい知識やツールが次々と登場します。例えば、数年前まではオンプレミス型のシステム構築スキルが重視されていましたが、現在ではクラウド環境での開発や運用スキルが標準となりつつあります。この変化に対応しなければ、業務効率や競争力の低下を招く恐れがあります。
さらに、AIの発展によって自動化できる業務が増える一方で、人間だからこそ発揮できる創造性や高度な判断力を活かす仕事の比重が高まっています。つまり、これまでの仕事がなくなるのではなく、形を変えていくのです。この変化をチャンスに変えるには、新しい業務に必要なスキルを早期に習得することが不可欠です。
企業にとっての必要性
企業視点でリスキリングが必要な理由は、大きく3つに集約できます。
- 競争優位性の確保
新しい技術や市場の変化に素早く対応できる人材を社内で育成できれば、外部採用に頼らず競争力を維持できます。 - 人材不足への対応
特にITやデータ分析などの分野では慢性的な人材不足が続いています。既存社員をリスキリングすることで、採用難を緩和できます。 - 組織の柔軟性向上
複数のスキルを持つ人材が増えることで、プロジェクト編成や事業転換時の柔軟性が高まります。
従業員にとっての必要性
従業員にとっても、リスキリングは将来のキャリア形成を左右する重要な取り組みです。業務の変化についていけない場合、配置転換や職務縮小のリスクが高まりますが、新しいスキルを持つことで社内外での市場価値を高められます。また、異動や新規プロジェクトへの参加によって視野が広がり、モチベーション向上にもつながります。
一方で、リスキリングは個人だけで完結できるものではありません。企業側の支援や環境整備がなければ、継続的な学びは難しいのが現実です。
DX時代における必然性
経済産業省の調査によると、日本企業の多くがDX推進を経営課題として掲げています。しかし、実際に変革を進められている企業は限られ、その最大の壁が「人材とスキル不足」です。単にシステムを導入するだけではDXは実現せず、それを使いこなし、新たな価値を創出できる人材が必要です。
ここでリスキリングが果たす役割は、単なる技能習得を超え、組織の文化や働き方を変革するきっかけになることです。業務のデジタル化をきっかけに、部門間の連携やデータ活用の文化を根付かせることができます。
リスキリングの必要性は、「生き残るため」だけでなく、「成長するため」の条件です。変化のスピードが増す中で、スキルの更新を怠ることは、企業にとっては競争力の低下、従業員にとってはキャリア停滞につながります。逆に、積極的に学び直す姿勢と環境を整えれば、新たな事業機会やイノベーションの芽が生まれます。リスキリングは単なる流行語ではなく、DXやグローバル化といった不可逆的な潮流の中で、企業と従業員双方が未来を切り拓くための必須条件なのです。
リスキリングが注目されている理由
ここ数年、ビジネス誌やニュース、政府の政策発表などで「リスキリング」という言葉を耳にする機会が急増しました。単なる人材育成手法の一つではなく、社会構造の変化や産業構造の転換に直結するテーマとして扱われるようになっています。その背景には、技術進化、労働市場の変化、そして企業の競争戦略という三つの大きな要因があります。
要因1:DX・IT技術の急速な進化
最も直接的な理由は、DXやIT技術の進歩です。AI、IoT、クラウド、ビッグデータなど、かつては一部の専門職だけが扱っていた領域が、今やあらゆる職種の業務に浸透しています。
例えば、製造業では工場の稼働状況や品質データをリアルタイムで可視化するIoT技術が標準化しつつあります。小売業やサービス業でも、顧客データを活用したパーソナライズドマーケティングが当たり前になりました。このような環境下で必要となるスキルは、単に新しいツールの操作方法にとどまらず、データを分析し、ビジネスに活用する力まで含まれます。
企業がDXを推進するためには、こうしたスキルを持つ人材を確保する必要がありますが、外部からの採用だけでは限界があります。そのため、既存の従業員に新たなスキルを習得させるリスキリングが注目されているのです。
要因2:産業構造の変化と新たな職務の誕生
リスキリングが必要とされる背景には、産業構造の変化もあります。環境規制やサステナビリティ志向の高まりにより、新たなビジネス領域が次々と登場しています。再生可能エネルギー、循環型経済、カーボンニュートラル関連の業務など、数年前には存在しなかった職務が急速に増えています。
こうした分野では、既存社員の経験や知識だけでは対応できないことが多く、業界特有の新しい知識とスキルが必要になります。その習得プロセスこそがリスキリングであり、産業変革のスピードに合わせて実施する必要があります。
要因3:労働市場の流動化と人材不足
労働市場においては、優秀な人材の獲得競争が激化しています。特にIT、データ分析、デジタルマーケティングなどの分野では慢性的な人材不足が続き、採用市場での争奪戦が起きています。
加えて、若年層を中心にキャリアの流動化が進み、「同じ企業で一生働く」価値観は薄れつつあります。この状況では、外部から人材を採用しても長期的に定着する保証はなく、内部の人材を育て続ける仕組みが求められます。リスキリングは、こうした採用リスクを軽減し、組織全体のスキルポートフォリオを強化する手段として注目されています。
要因4:政府・国際機関による推進
日本政府は、経済成長戦略の中でリスキリングを明確に位置づけています。経済産業省や厚生労働省は、企業の人材育成投資を後押しするための補助金や税制優遇制度を拡充中です。また、国際的にもOECDや世界経済フォーラム(WEF)が、労働市場の変化に対応するためのリスキリングの重要性を提言しています。
特に、WEFは「2030年までに世界の労働者の半数がリスキリングを必要とする」との予測を示しており、この数字は企業にとって無視できない現実です。
要因5:組織文化の変革ニーズ
最後に見逃せないのは、組織文化の変革です。従来の上下関係や部門の壁を前提とした組織構造では、変化に迅速に対応することが難しくなっています。リスキリングは、新たなスキルの習得を通じて、学習文化や挑戦を奨励する企業風土を育てるきっかけとなります。
例えば、社内での異動やプロジェクト参画を通じて習得したスキルが評価されれば、「学び続けること」が個人と企業双方に利益をもたらすという意識が醸成されます。
リスキリングがこれほど注目されるのは、単にスキル不足を解消するためだけではありません。技術革新、産業構造の変化、労働市場の流動化、政府の推進策、そして組織文化の変革といった複数の要因が絡み合い、企業と個人の両方にとって「生き残り」と「成長」の条件になっているからです。言い換えれば、リスキリングは今や選択肢ではなく必須課題です。変化を恐れず、積極的に新しい知識とスキルを取り入れる姿勢こそが、これからの時代における最大の競争力となります。
日本のリスキリングの現状
日本企業におけるリスキリングは、この数年で急速に注目度が高まっていますが、実際の取り組み状況にはまだばらつきがあります。経済産業省が公表した調査では、リスキリングを経営課題として認識している企業は増えている一方で、「具体的に施策を導入している」と回答した割合は全体の3割未満にとどまっています。
背景には、日本特有の雇用慣行や組織文化があります。長期雇用を前提とした人材育成では、これまでOJTや年功序列型の昇進制度が中心でした。これにより従業員は特定業務の専門性を深める一方、急速なスキル転換が求められる場面には不向きな構造になっていました。
導入が進む分野と企業規模の差
実際にリスキリングが進んでいる分野を見ると、IT・デジタル領域が圧倒的多数を占めます。特に金融、製造、小売の大手企業では、データ分析やAI活用、クラウド運用などを対象とした社内研修や外部講座の受講支援が進められています。
一方、中小企業や地方企業では、予算や人員の制約から体系的なプログラム構築が難しく、必要性を感じつつも部分的な対応にとどまるケースが多いです。こうした企業では、即戦力採用や外部委託でスキル不足を補う傾向がありますが、それでは長期的な人材基盤の強化にはつながりません。
政府の支援施策とその活用状況
日本政府は、企業のリスキリング投資を後押しするためにさまざまな施策を打ち出しています。代表的なものには「人材開発支援助成金」や「リスキリング推進補助金」があり、外部研修の受講費用や社員の学習時間確保にかかる人件費の一部を補助します。また、オンライン学習プラットフォームとの連携や、産学官の協働プロジェクトも増えています。
しかし、こうした制度の存在を知っていても申請や運用が煩雑だと感じ、十分に活用できていない企業も少なくありません。特に中小企業においては、制度の情報収集や申請業務を担う人材そのものが不足しているという課題があります。
社員の意識と学びの文化
リスキリングの成否は、制度や予算だけでなく、社員一人ひとりの学びに対する意識にも左右されます。調査によれば、日本の社会人はOECD諸国の中でも自己啓発や学び直しへの投資時間が少ない傾向にあります。理由としては、「時間がない」「必要性を感じない」「費用負担が重い」といった声が多く、特に必要性の認識不足が大きな壁になっています。
一方で、学び直しの成果がキャリアアップや処遇改善に直結する事例が増えれば、社員の意欲は高まりやすくなります。そのためには、企業側がスキル評価制度を整備し、リスキリングの成果を昇進や異動に反映させる仕組みを構築することが不可欠です。
成功事例から見えるポイント
一部の先進企業では、リスキリングを単発の研修ではなく、キャリア開発プログラムの一環として組み込んでいます。例えば、大手メーカーが全社員向けにAI・データサイエンスのオンライン講座を必修化し、その修了者を新規事業のプロジェクトチームに配属するといった事例があります。こうした成功事例に共通するのは、経営戦略と学びの方向性が明確に結びついていることです。
また、社内SNSやコミュニティを活用して学びの成果を共有し合う文化づくりも効果的です。学びが孤立せず、チーム全体に波及する仕掛けが、スキルの定着と応用を促進します。
日本のリスキリングは、確実に注目度を増しつつも、実行段階では課題が山積しています。制度的支援、企業規模間の格差、社員意識の向上といった複数の要素が絡み合うため、単一の施策では不十分です。持続的に成果を上げるには、経営層が主導してビジョンを示し、現場が主体的に参加できる文化を醸成することが不可欠です。変化が当たり前の時代において、学び直しを組織のDNAに組み込むことこそが、日本企業の競争力を未来へつなぐ鍵になるでしょう。
リスキリングを進めるための流れ
リスキリングを実施するには、思いつきや単発の研修ではなく、計画的かつ段階的なプロセスが必要です。企業規模や業種によって手順は異なりますが、効果的に進めるためには、経営戦略と人材戦略を連動させることが不可欠です。以下では、一般的なリスキリング推進の流れを5つのステップに整理します。
ステップ1:目的とゴールの明確化
最初に行うべきは、「なぜリスキリングを行うのか」を明確にすることです。例えば、DX推進による新サービス開発、既存業務の効率化、新規市場への参入など、目的によって必要なスキルや対象者は大きく異なります。
目的が曖昧なまま始めてしまうと、研修内容がバラバラになり、学んだスキルが業務に活かされないケースが多発します。経営層がビジョンを示し、人事部門が具体的なゴール(例:2年以内に全社員のデータ分析スキルを標準化)を設定することが重要です。
ステップ2:現状スキルの把握とギャップ分析
次に、社員が現在持っているスキルを可視化します。方法としては、自己評価アンケート、上司による評価、スキルテスト、業務実績データの分析などがあります。
その結果をもとに、将来必要とされるスキルとの「ギャップ分析」を行います。例えば、マーケティング部門でDX推進を目指す場合、現在の社員のうちデータ分析ツールを使える割合や、デジタル広告運用の経験有無を把握し、足りない部分を特定します。
この段階で、すべての社員に同じスキルを求めるのではなく、職務や役割に応じて優先順位をつけることが効率化のポイントです。
ステップ3:学習プログラムの設計
スキルギャップが明らかになったら、それを埋めるための学習プログラムを設計します。形式は社内研修、外部講座、オンライン学習、OJT、プロジェクト型学習など様々です。
近年はオンライン学習プラットフォーム(Udemy、Coursera、Schooなど)や社内LMS(学習管理システム)の活用が増えています。これにより、社員は自分のペースで学びを進められ、進捗や理解度をデータで把握できます。
プログラム設計の際は、「学習→実践→フィードバック」のサイクルを短期間で回すことが定着率向上の鍵です。また、学びの成果を社内で共有する場を設けることで、他部署への波及効果も期待できます。
ステップ4:学習環境と支援制度の整備
いくら優れたプログラムを用意しても、業務負荷や時間的制約が大きければ継続は困難です。そこで、企業は学習時間を確保するための制度や環境を整える必要があります。
具体例としては、就業時間内の学習許可、研修受講費用の全額・一部補助、学習成果を評価に反映する制度などがあります。また、上司が部下の学習計画を把握し、進捗を支援するメンタリング制度も効果的です。
ステップ5:成果の評価と改善
リスキリングの最終目的は、学習したスキルが業務成果や組織の競争力向上につながることです。そのため、学習後の成果を評価する仕組みが不可欠です。
評価の指標には、スキルテストの結果、業務効率の改善度、新規プロジェクトへの貢献度、顧客満足度の変化などが挙げられます。評価結果を踏まえてプログラムを改善し、次の学習サイクルに活かします。
リスキリングを効果的に進めるには、これらのステップを一度で完璧に実行する必要はありません。重要なのは、小さく始め、改善を重ねながら全社的な仕組みに育てていくことです。短期的な成果だけでなく、長期的な人材ポートフォリオの変化を見据えた取り組みが、変化に強い組織をつくります。そして、このプロセスを継続的に回すことが、学びを企業文化として根付かせる唯一の道です。
リカレント教育とリスキリングの違い

日本で「学び直し」という言葉が広がる中で、リスキリングと混同されがちな概念に「リカレント教育」があります。どちらも社会人の学習を指しますが、その目的や実施のタイミング、対象範囲は異なります。この違いを理解することは、企業が適切な人材育成戦略を設計するうえで重要です。
リカレント教育の定義
リカレント教育(Recurrent Education)は、社会人が学校教育を終えた後も、一定期間ごとに職業生活と教育を交互に繰り返す仕組みを指します。日本では主に、生涯学習の一環として位置づけられ、キャリアの節目や自己啓発の目的で行われます。
例えば、社会人が大学院に進学して新しい分野を学ぶ、専門学校で資格を取得する、企業派遣で海外留学するなどが典型例です。リカレント教育は職務と直接関連しない学びも含まれるため、目的は必ずしも「業務への即時活用」ではありません。
リスキリングの定義と比較
一方、リスキリングは「業務や職務の変化に対応するためのスキル再習得」が目的です。特定のプロジェクトや事業戦略に直結し、学んだ内容は短期間で業務に活かされることが期待されます。
リカレント教育がキャリア全体の長期的成長を見据えるのに対し、リスキリングは比較的短期スパンでの業務適応力向上に重点を置いています。
項目 | リカレント教育 | リスキリング |
---|---|---|
目的 | 生涯学習・自己啓発・キャリア全般の成長 | 業務変化への対応・即戦力化 |
対象スキル | 業務関連・非関連とも含む | 業務に直接関連するスキル |
実施タイミング | キャリアの節目や休職期間 | 業務変化・新事業開始時 |
主な成果 | 知識の幅の拡大・資格取得 | 業務効率向上・新業務遂行 |
関係者 | 個人主導が多い | 企業主導が多い |
企業における活用の違い
企業がリカレント教育を支援する場合、社員の自己啓発を通じて長期的な人材価値を高める狙いがあります。例えば、MBA取得や語学留学を支援し、将来的な管理職候補を育成することが該当します。
一方、リスキリングは経営課題解決に直結するため、企業主導で短期間に実施されるケースが多いです。新システム導入や事業転換に合わせ、全社員が特定スキルを習得するなど、緊急性の高い学びが中心です。
両者の補完関係
リカレント教育とリスキリングは対立概念ではなく、むしろ補完関係にあります。リスキリングで即戦力を確保しつつ、リカレント教育で長期的な視野や知識基盤を広げることで、組織全体の学習力が向上します。
例えば、リスキリングでデータ分析スキルを短期間で身につけ、その後リカレント教育で統計学や経営学を体系的に学ぶ、といった組み合わせが考えられます。このように、短期的な課題対応と長期的な能力開発をバランスよく取り入れることが理想です。
リスキリングとリカレント教育は、目的・スパン・対象領域の点で明確に異なります。企業が人材育成戦略を考える際には、どちらを優先するべきか、あるいはどのように組み合わせるべきかを見極めることが不可欠です。短期的な変化対応力と長期的な知識基盤の両立こそが、変化の激しい時代における最強の人材戦略といえるでしょう。
リスキリングのデメリットとは?
リスキリングは企業と従業員双方に多くのメリットをもたらしますが、導入や運用の過程では注意すべきデメリットや課題も存在します。これらを事前に理解しておかないと、効果が半減するだけでなく、組織の混乱やコスト増大を招く可能性もあります。
コスト負担の大きさ
最大のデメリットとして挙げられるのは、費用負担です。研修費用や外部講座の受講料、講師料、教材費、学習プラットフォームの利用料など、直接的なコストは少なくありません。さらに、社員が研修を受けている間の人件費や、業務から離れることで発生する機会損失も考慮する必要があります。
特に、中小企業では、こうしたコストを一度に負担するのは難しく、結果的に研修内容や対象者を限定せざるを得ないケースがあります。
業務への影響
学習時間を確保するためには、業務の一部を調整する必要があります。しかし、繁忙期や人手不足の状況では、学び直しの時間を確保すること自体が困難です。無理にスケジュールを組むと、業務の遅延や生産性低下を招くリスクがあります。
また、学習を受けた社員が即座に成果を出せるとは限らず、研修と実務の間にギャップが生じることもあります。このため、短期的には「業務の効率が下がった」と感じられる場合もあるでしょう。
社員間の不公平感
特定の社員だけがリスキリングの機会を得ると、選ばれなかった社員の間で不公平感が生まれることがあります。特に昇進や評価と直結するスキル習得であれば、その感情は強まります。
この問題を回避するためには、選定基準を明確にし、将来的には全社員が段階的に学べるような計画を提示することが重要です。
学びの定着率の低さ
せっかく時間と費用をかけて研修を行っても、学んだ内容が業務で活用されなければ定着は難しいです。特に座学中心の研修では、知識が実務に結びつかず、数カ月後には忘れてしまうことも珍しくありません。
このため、リスキリングでは学習直後に実務で試す機会を設けること、OJTやプロジェクト参画を通じてスキルを活かせる環境を整えることが不可欠です。
離職リスクの増加
意外なデメリットとして、リスキリングによって社員の市場価値が上がると、社外からの引き抜きや転職の可能性が高まるという懸念があります。特に専門性の高いスキルを短期間で身につけた社員は、他社でも需要が高く、キャリアの選択肢が広がります。
これを防ぐには、スキル習得後もやりがいを感じられる仕事やキャリアパスを提供すること、待遇面での見直しを行うことが必要です。
社内文化との摩擦
リスキリングは新しいスキルや価値観を社内にもたらしますが、それが既存の文化や慣習とぶつかることもあります。例えば、データに基づく意思決定を学んだ社員が、経験や勘を重視する上司と意見が対立する、といったケースです。
こうした摩擦は短期的には組織の不和を生む可能性がありますが、長期的には変革のきっかけにもなります。そのため、経営層は変化を受け入れる土壌づくりを同時に進める必要があります。
リスキリングは、万能の解決策ではなく、適切な計画と運用があってこそ効果を発揮します。コストや業務影響、不公平感、定着率の低さ、離職リスク、文化的摩擦といったデメリットをあらかじめ想定し、予防策を講じることが成功の条件です。デメリットを正しく理解し対応できれば、リスキリングは企業の持続的成長を支える強力な武器となるでしょう。
リスキリングを行う上の注意点
リスキリングを成功させるためには、ただ研修を実施するだけでは不十分です。目的や対象者の設定から、学習環境、成果の評価に至るまで、計画段階から運用まで一貫して注意すべきポイントがあります。ここでは、実務でよく見落とされがちな注意点を整理します。
目的と対象スキルの明確化
最も重要な注意点は、「何のために、どのスキルを習得するのか」を曖昧にしないことです。目的が不明確だと、研修の内容や形式が統一されず、成果が業務に直結しないまま終わってしまいます。
例えば、「DX推進のためにITスキルを強化する」という目的であっても、具体的にはプログラミング、データ分析、クラウド運用など複数の選択肢があります。これらを全員が習得する必要はなく、部門や職務によって優先順位をつけるべきです。
学習と実務の連動
リスキリングは学び直しそのものがゴールではなく、業務への適用が最終目的です。このため、研修後に即座に実務でスキルを活かせる場を用意することが欠かせません。
例えば、データ分析を学んだ社員には社内の売上データを活用した改善提案を任せる、クラウド環境の構築を学んだ社員にはシステム移行プロジェクトを担当させる、といった具体的な実践機会が必要です。
経営層と現場の巻き込み
リスキリングは人事部門だけの取り組みではなく、経営層と現場の協力が不可欠です。経営層が明確なビジョンを示さなければ、現場の納得感や参加意欲は高まりません。また、現場の管理職が業務調整や学習支援を行わなければ、継続的な取り組みは難しくなります。
このため、計画段階から経営層・現場双方を巻き込み、研修の目的や期待する成果を共有することが必要です。
学習時間と環境の確保
「学びたいけれど時間がない」という声は、多くの社員から聞かれます。特に業務負荷が高い部署では、就業時間外に学習を求めると負担が増し、モチベーション低下につながります。
就業時間内の学習許可や、学習専用日を設定する、リモート研修を導入するなど、時間的・物理的な障壁を減らす工夫が重要です。また、オンライン教材や社内ナレッジベースを整備し、必要な時にすぐ学べる環境を提供することも有効です。
評価とキャリアへの反映
研修を受けても、それが昇進や昇給、異動などのキャリア上のメリットに結びつかない場合、社員の意欲は長続きしません。逆に、スキル習得を明確に評価し、キャリアパスに反映すれば、学び続ける文化が根づきやすくなります。
評価制度を設計する際には、テストや資格取得の有無だけでなく、実務での成果や行動変容も考慮に入れるべきです。
全員に一律ではなく柔軟に
リスキリングの対象や方法は、社員の業務内容やスキルレベルによって異なります。全員に同じプログラムを提供すると、初級者には難しすぎ、上級者には物足りないという結果になりかねません。
レベル別・職種別のカリキュラムを用意し、必要に応じて外部講座や資格取得支援を組み合わせることが望ましいです。
リスキリングの成否は、計画段階からいかに目的を明確化し、学習と実務を結びつけ、社員が継続的に学べる環境を整備できるかにかかっています。これらの注意点を押さえることで、単なる研修の実施に終わらず、企業全体の変革と競争力強化につながる取り組みに発展させることができるでしょう。
リスキリングの導入事例
リスキリングの重要性は理解していても、具体的にどのように進めれば成果が出るのかはイメージしづらいものです。ここでは、日本国内外の企業事例を紹介し、成功のポイントを明らかにします。業種や企業規模は異なりますが、それぞれの事例から学べる共通の要素があります。
事例1:大手製造業A社のDX対応
A社は長年、製造ラインの効率化に取り組んできましたが、IoTやAIを活用したスマート工場化を進める中で、現場社員のITスキル不足が課題となっていました。そこで全社員を対象に、基礎的なデータ分析やプログラミングの研修を実施。さらに、研修後すぐに生産データを活用した改善プロジェクトに配属しました。
この結果、従来は外部ベンダーに依存していたデータ分析業務の一部を内製化でき、年間で数千万円規模のコスト削減につながりました。研修で得た知識を即業務に活かす仕組みを整えたことが成功要因です。
事例2:金融業B社の新サービス開発
B社は、キャッシュレス決済やデジタルバンキングの普及に伴い、既存の営業担当者にデジタル商品知識と顧客コンサルティング力を身につけさせる必要がありました。そこで、オンラインと集合研修を組み合わせたプログラムを開発し、商品知識だけでなくデータドリブンな営業手法も教育しました。
研修後、デジタル関連商品の契約率は前年比で20%以上向上。営業現場からは「新しい提案の幅が広がった」との声が多数寄せられました。
事例3:中堅小売業C社のEC強化
C社はコロナ禍で来店客数が減少し、ECサイトを強化する方針を打ち出しました。しかし社内にはEC運営経験者がほとんどおらず、外部採用も難航。そこで、販売員や店舗マネージャーを対象に、ECサイト運営、デジタルマーケティング、SNS活用の研修を実施しました。
研修後は各店舗のスタッフが自らSNSで商品の魅力を発信し、オンライン売上が半年で1.5倍に。現場の知見を活かしたコンテンツ発信が功を奏しました。
事例4:IT企業D社の最新技術キャッチアップ
D社はクラウド、AI、ブロックチェーンなど技術の変化が激しい業界で事業を展開しています。社員のスキル更新を継続的に行うため、社内に「技術アカデミー」を設立し、毎月最新技術のセミナーやハンズオン研修を開催。
この取り組みにより、新技術の商用化スピードが平均で3カ月短縮。顧客からの信頼向上とともに、社員の離職率も低下しました。
事例5:海外企業E社の全社的変革
米国の大手小売チェーンE社は、店舗スタッフを含む全社員のデジタルスキル強化を目的に、オンライン学習プラットフォームと提携。POSデータ活用、在庫最適化、顧客分析などのスキルを全員が学べる環境を整えました。
結果として、在庫回転率が向上し、欠品率は前年の半分に低下。デジタルスキルが日常業務に浸透したことで、全社的な業務改善が進みました。
これらの事例から見える共通点は、以下の通りです。リスキリングは業種や規模を問わず実施可能ですが、成功のカギは「目的の明確化」「実践機会の提供」「全社的支援」の3つです。これらを満たすことで、投資効果を最大化し、変化に強い組織を築くことができます。
- 目的とゴールが明確
研修のテーマが経営課題と直結しており、成果が測定可能。 - 学びと実務が連動
研修後すぐに実践の場を提供し、スキルを定着させている。 - 全社的な支援体制
経営層のコミットメントと現場の協力があり、学習環境が整っている。
まとめ
リスキリングは、単なるスキル習得の施策ではなく、企業の持続的な成長と変化への対応力を支える戦略的な人材育成の枠組みです。DXや市場変化が加速する現代では、既存業務の効率化や改善だけでなく、新たな価値創造や事業領域拡大に挑戦するための「学び直し」が不可欠となっています。
本コラムで解説したように、リスキリングを効果的に進めるには、経営戦略と人材戦略を連動させ、従業員一人ひとりのキャリア形成と組織目標を結びつけることが重要です。また、リカレント教育や社内研修と区別しつつ、それぞれの利点を組み合わせることで、学びの機会を最大化できます。導入にあたっては、明確な目的設定、対象スキルの選定、学習環境の整備、成果の検証と改善を継続する仕組みづくりが欠かせません。人事部門が主導し、経営層と現場を巻き込んだ全社的な取り組みとすることで、変化をチャンスに変える企業文化が根づきます。今こそ、自社の未来に必要な人材像を描き、その実現に向けたリスキリング戦略を具体化する時です。
監修者

- 株式会社秀實社 代表取締役
- 2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。
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