人材育成にコーチングは必要か?活用の目的と企業への具体的な効果・成功事例とは

5 部下指導・育成

人材育成の重要性がますます高まる現代において、注目を集めているのが「コーチング」の手法です。従来の研修やOJTだけでは十分に引き出せなかった社員の内発的動機や主体性を促し、行動変容へと導くアプローチとして、多くの企業が活用を始めています。しかし、コーチングを実施するには正しい理解とスキルが必要であり、効果を最大化するにはいくつかのポイントと注意点を押さえる必要があります。
本コラムでは、人材育成におけるコーチングの基本的な考え方から、具体的な導入・実践の方法、スキルの習得法、そして成功事例までを体系的に解説していきます。

< このコラムでわかる3つのポイント >
1.人材育成におけるコーチングの具体的な役割と効果
2.社員の主体性を引き出すための実践的なコーチング手法
3.企業でコーチングを活用する際に押さえるべき注意点

 

人材育成におけるコーチングとは

コーチングは「教える」ではなく「引き出す」支援手法として、人材育成の現場で注目を集めています。ここでは、コーチングの定義や特徴を整理し、研修やOJTとどう違うのかを明確にしていきます。

人材育成の場面で「コーチング」という言葉を聞く機会は増えましたが、その本質を正確に理解している人はまだ多くありません。コーチングとは、対話によって相手の思考や感情、価値観に働きかけ、本人の内側から気づきと行動を引き出すアプローチです。言い換えれば、「正解を教える」のではなく、「答えを自分で見つける」ことを支援する手法です。

コーチングの定義と特徴

コーチングにはいくつかの定義がありますが、代表的なものとしてICF(国際コーチング連盟)では次のように定義されています:

「コーチングとは、クライアントが自身の可能性を最大限に発揮できるよう、創造的で刺激的な思考のプロセスを通じて支援するパートナー関係である」

つまり、コーチは専門家や指導者ではなく、「思考の伴走者」として関わります。人材育成においてこの関係性は、上下関係を超えた「信頼」と「尊重」が土台になります。

他の育成手法との違い

一般的な人材育成の手法と、コーチングを比較してみましょう。

手法アプローチ主な目的特徴
OJT実務を通じた指導技能や業務スキルの習得現場密着型、即効性が高い
研修教育型知識の伝達、共通理解の形成内容が標準化されやすい
メンタリング  経験共有型キャリア支援、組織文化の伝承長期的な関係構築を前提とする
コーチング対話と内省主体性と行動変容の促進相手の内発的動機に働きかける

コーチングは、特定の「正解」や「ノウハウ」を伝えるのではなく、対話によって本人の気づきを促す点で、他の育成手法と大きく異なります。特に正解が一つに定まらないような業務や、主体性が求められるシーンでの効果が高いとされています。

コーチングが求められる背景

近年、企業の人材マネジメントにおいて「VUCA(不確実で複雑な時代)」というキーワードが広がっています。変化が早く、正解がない時代には、社員一人ひとりが自分で考え、行動し、学び続ける力が必要です。こうした自律型人材を育成するには、「教える」よりも「引き出す」アプローチが適しています。

また、Z世代を中心とした若手社員は、命令や管理よりも「共感」や「対話」に価値を置く傾向が強く、彼らにとってコーチングは受け入れやすい関わり方とも言えるでしょう。

コーチングの対象となる場面

コーチングは、あらゆる階層の社員に活用できますが、特に次のような場面での効果が高いとされています。

  • 中堅社員のキャリア形成や自己認識の深化
  • 新任リーダーのマネジメント力強化
  • 若手社員のエンゲージメント向上
  • 管理職自身のリーダーシップ開発

コーチングは単なる「技術」ではなく、人を育てるための「姿勢」であり「関係性のあり方」でもあります。その理解を持つことが、真に意味のある人材育成のスタート地点になるのです。

人材育成コーチングのメリット

人材育成にコーチングを取り入れることで、社員個々の成長を促進するだけでなく、組織全体の活性化にもつながります。ここではその具体的なメリットを整理します。

人材育成におけるコーチングの最大の特長は、社員の「主体性」を引き出す点にあります。上司や人事が何かを教えるのではなく、本人の中にある価値観や動機、意志を対話によって浮かび上がらせ、自分で行動を決定できるように支援する。これが組織全体の成長にも波及する鍵となります。

行動変容と継続的な学習を促進

従来の研修は「知識習得」に焦点を当てており、「やって終わり」になることも多く見られます。一方、コーチングは学びを実践に落とし込み、現場での具体的な行動変容へとつなげる設計がされています。

例えば、「顧客対応を改善したい」という社員がいたとき、単にマニュアルや指示を与えるのではなく、「どのようにしたらもっと相手の立場に立てると思うか?」という問いかけから始めると、自分なりの改善策が生まれやすくなります。

エンゲージメントの向上

コーチングを通じて、上司が「話を聞いてくれる人」「自分に関心を持ってくれる人」という印象を持たれるようになると、部下の心理的安全性が高まり、発言・提案・挑戦がしやすくなります。これはエンゲージメント向上の土台であり、結果として組織全体の風通しも良くなります。

  • 信頼関係が強化されることで、定着率・モチベーションが上がる
  • チーム内の相互理解が深まり、衝突や摩擦も減少する
自律性と問題解決力の育成

コーチングは「他責思考」から「自責思考」への転換を促します。何か問題が起きたときに、他人のせいにするのではなく、「自分には何ができるだろうか?」と考える習慣が、長期的に強い人材を育てる鍵です。

メリットカテゴリ具体的な内容
個人への影響主体性の向上、自律的行動、モチベーションアップ
チームへの影響   コミュニケーション活性化、心理的安全性の向上
組織への影響離職率の低下、パフォーマンス向上、風土変革
成果が可視化されやすい

コーチングを受けた社員は、行動の目的や背景を自覚するようになり、「なぜそれをやるのか」が明確になるため、行動の精度が高まり、結果として成果が出やすくなります。また、定性的な変化(発言が増える、他者支援ができるようになるなど)も、上司やチームメンバーからのフィードバックを通じて可視化できます。

人材育成のコーチングスキルを身につける方法

有効な人材育成のためには、コーチングスキルを持つ管理職や人事担当者の存在が不可欠です。ここでは、そのスキルをどう身につけるか、実践的な方法を紹介します。

コーチングは「一部の専門家だけが行うもの」という誤解があるかもしれませんが、実際には多くの企業が、上司やリーダーが“日常の中でコーチング的関わりをする”ことを目指しています。そのためには、体系的かつ段階的なスキルの習得が不可欠です。

ステップ1:理論を理解する

まずは、コーチングとは何か、なぜ効果があるのかを理解することが出発点です。傾聴・承認・質問という基本スキルの意味と使い方を学びます。

  • 書籍やeラーニングを活用して自習する。
  • 内省(リフレクション)の意味や効果も合わせて理解する。
ステップ2:実践とフィードバック

知識を学んだだけではスキルにはなりません。実際に対話の場を持ち、ロールプレイや模擬コーチングを通じて練習を重ねます。ここで重要なのは、「第三者からのフィードバック」を受けることです。

  • 社内研修にコーチ役・クライアント役の両方で参加する。
  • 指導者からの具体的なコメントをもらうことで、課題を自覚する。
ステップ3:職場で実践し、振り返る

日常の1on1や評価面談など、実際の業務場面でコーチングを実施します。その後は、面談記録やメモを活用して、自身の関わりを振り返ることが成長に直結します。

実践環境推奨される工夫
1on1ミーティング話す割合は「部下7:上司3」を意識
評価面談数値評価の説明より「成長支援」に時間を割く
チーム会議意見を引き出す質問を意図的に挟む
外部支援の活用

社内にノウハウがない場合や、より高度なスキルを学びたい場合は、外部の研修サービスを活用することも有効です。最近ではオンライン型や短期集中型など、さまざまな形式のコーチング研修が提供されています。

  • プロのコーチによる1on1支援
  • 管理職向けコーチング研修プログラム
  • 実践的な動画学習・ラーニングプラットフォームの活用

コーチングスキルは「一度学べば終わり」ではなく、繰り返しの実践と振り返りによって成熟していくものです。人材育成の要として、継続的に磨き上げる姿勢が求められます。

 

効果的な人材育成コーチングのポイント

コーチングを効果的に活用するためには、単なる技術以上に、相手との信頼関係やタイミング、組織風土との整合性が重要です。ここでは、実践時に意識すべきポイントを整理します。

コーチングの効果は、「どのようなスキルを使うか」だけでなく、「どのような関係性と文脈で行われるか」によって大きく左右されます。特に人材育成の目的で行うコーチングでは、対話の質だけでなく、上司・部下間の信頼関係や継続的な取り組みの仕組みが成功のカギとなります。

信頼関係の構築が最優先

コーチングの効果は、信頼関係なしには成立しません。上司と部下の関係が「評価」「監視」の色合いを帯びていると、部下は防衛的になり、本音や葛藤を表に出しづらくなります。逆に、日常からの丁寧なコミュニケーションによって「この人なら自分の成長を本気で支援してくれる」と感じられれば、コーチングの場でも深い対話が可能になります。

  • 挨拶や雑談など、日常的な接点が信頼の基盤を作る。
  • コーチングの前提として「評価とは別の場」であると明確にする。
  • 「沈黙を受け止める」姿勢が対話の質を高める。
継続的なプロセス設計

コーチングは一度きりで完結するものではありません。行動変容や内省の深化には、ある程度の時間がかかります。そのため、コーチングは「点」ではなく「線」として設計し、長期的に伴走するスタンスが求められます。

  • 1on1ミーティングを月1〜2回程度、定期的に実施する。
  • 1回ごとにテーマと目的を明確に設定する。
  • 面談記録や振り返りシートを活用し、過去からの変化を可視化する。

特に重要なのは、「対話のリズムを壊さない」ことです。繁忙期や業務の優先で頻度が不安定になると、信頼関係や成長実感に悪影響を与えるため、コーチングの時間は可能な限り優先順位を高く設定するべきです。

質の高い質問と傾聴を意識する

コーチングで成果を上げるには、単に質問をすればよいわけではありません。重要なのは、「問いの質」と「聞く姿勢」です。相手の意図を深く理解し、価値観や信念を引き出すような以下の様な良い質問ができるかどうかで、対話の深さは大きく変わります。

  • 「あなたがそのように考える背景には、どんな経験がありますか?」
  • 「これまでで一番納得感があった成功体験は何ですか?」
  • 「もし制約がなかったとしたら、どんな選択をしますか?」

これらの質問は、相手の視野を広げ、固定観念を壊し、新しい行動のきっかけを生み出します。一方で、答えを誘導するような質問や、Yes/Noで答えられる質問ばかりでは、思考の広がりを阻害します。

組織との整合性を取る

個別のコーチングがうまくいっていても、組織文化や制度と乖離していては成果が定着しません。コーチングによって部下がチャレンジしようとしても、上司や評価制度がそれを抑制するような構造があると、かえってモチベーションを損なう恐れもあります。

  • 評価制度やキャリアパスとコーチングの目的を連携させる。
  • 組織全体で「育成文化」を醸成するための取り組み(例:研修、表彰制度)を展開する。
  • 管理職層への教育と意識づけが組織全体の浸透に不可欠となる。

コーチングを戦略的に位置づけるには、人事部の主導で制度的なサポートを設計することが欠かせません。ツールの提供やノウハウ共有、ナレッジベースの整備なども有効です。

人材育成のコーチングで気をつけるべきポイント

コーチングには多くのメリットがありますが、誤った使い方をすると逆効果になることも。ここでは、ありがちな失敗例や注意すべきポイントを明らかにします。

コーチングを導入したものの、「手応えがない」「結局は上司の説教になっている」などの声が出ることも少なくありません。これは、表面的なテクニックだけをなぞった“なんちゃってコーチング”や、相手への理解不足が原因であることが多いです。

指導とコーチングの混同

上司や人事担当者が、「コーチング=アドバイスをしないこと」と誤解してしまうと、ただ質問をするだけの形式的な対話になりがちです。一方で、従来型の「指導」「指示」だけでは、相手の内省や主体性を引き出すことはできません。つまり、100%質問型である必要はなく、時には助言も交えながら、対話の目的を見失わない設計が求められます。

  • 「問いと助言」のバランスを取る必要がある。
  • 相手の気づきを待つ姿勢と、必要な時に補助線を引く柔軟性が大切となる。
一方通行の“問い詰め”にならないこと

「なぜそれをやらなかったの?」「どうしてできないの?」という質問は、対話ではなく詰問になります。これでは相手は萎縮し、建設的な思考に至りません。安心して話せる空気づくりが、コーチングの土台です。

  • 質問は「相手の成長に資する」ことが前提となる。
  • 話す量より「聴く量」を増やす意識を持つ。
  • 相手の沈黙や戸惑いも、気づきのプロセスと捉える。
コーチングが「目的化」しないように注意

「コーチングをやること」自体が目的化してしまうと、形骸化が進みます。対話の時間は確保していても、目的があいまいで実質的な効果がないケースも少なくありません。また、やみくもに実施するのではなく、対象者の状態や関係性の深さに応じた設計が必要です。

  • 対話ごとに「ゴール(目的)」を設定し、成果を振り返る。
  • コーチングの記録やメモをとることで、プロセスを可視化する。
組織の支援体制がない場合のリスク

せっかくスキルを学んでも、組織側の仕組みや風土が整っていなければ、コーチングは定着しません。属人的な取り組みで終わらせないためにも、制度化・仕組み化が重要です。

リスク結果
スキルだけ学んで実践機会がない習得した知識が風化する
上司によって支援の質がバラバラ社員の不信感や不公平感が広がる
組織風土が「指示・管理」型のままコーチングが浮いた取り組みになってしまう

まとめ

本コラムでは、人材育成におけるコーチングの意義や基本的な考え方、具体的なスキルの習得法、活用する際のポイントと注意点について詳しく解説しました。

コーチングは単なるコミュニケーション技術ではなく、社員一人ひとりの可能性を引き出し、組織全体の成長を促す戦略的な人材育成手法です。現場の上司や人事担当者がコーチングの理解を深め、適切な形で取り入れることで、社員の主体性やエンゲージメント向上、さらには企業の生産性向上にも大きく貢献します。ただし、効果的なコーチングを行うには、表面的なテクニックではなく、信頼関係の構築や継続的なスキルアップが不可欠です。これからコーチングを人材育成に取り入れたいと考えている企業・担当者の方は、まず自社の課題を整理し、自社に合った手法や育成体制を見極めることが重要です。さらに詳しい実践方法や社内展開に関する相談が必要な場合は、専門家への相談も一つの有効な選択肢となるでしょう。

 

 

監修者

髙𣘺秀幸
髙𣘺秀幸株式会社秀實社 代表取締役
2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。

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