人材育成においてマネジメント層が身につけるべきスキルとは何か。必要な能力と育成成功のコツを具体例を交えてわかりやすく解説します。
ビジネス環境が日々変化し、予測困難な時代に突入している今、企業の持続的成長には「人を育てる力」が欠かせません。単なるスキル習得ではなく、社員一人ひとりが自ら学び、組織の成果につなげられるように導く「人材育成マネジメント」は、多くの企業で注目されています。しかし実際には、「何から始めればいいのかわからない」「うまく育たない」「成果が見えない」といった悩みを抱えるマネージャーや人事担当者も少なくありません。
本記事では、人材育成に必要なマネジメントスキル、育成計画の立て方、部下や管理職の育成ポイント、さらに見落としがちな注意点までを網羅的に解説します。実践に役立つ具体的なノウハウとともに、「育成が定着する組織づくり」のヒントをご提供いたします。
人材育成を“制度”で終わらせず、“成果”につなげるためのマネジメントのあり方を、今一度見直してみませんか?
Contents
人材育成マネジメントとは?

企業を取り巻く経営環境が急速に変化する中で、従業員一人ひとりの成長を促進し、組織全体の競争力を高める「人材育成マネジメント」の重要性が年々高まっています。これは単なる教育訓練ではなく、従業員が自律的に学び、組織の成果に結びつける仕組みを整える経営の一環です。
人材育成とマネジメントの違い
まず前提として、「人材育成」と「マネジメント」は似て非なる概念です。
- 人材育成は、個人の能力開発やキャリア形成を支援することに焦点を当てています。
- 一方、マネジメントは、チームや組織を目標達成に導くための資源配分や人材活用の方法を指します。
つまり、「人材育成マネジメント」とは、これらを統合した考え方であり、マネジメントの視点から人材育成を戦略的に計画・実行することを意味します。
人材育成マネジメントの主な目的
人材育成マネジメントの究極的な目的は、「組織の持続的成長」と「従業員のキャリア形成」の両立です。以下のような目的をもって取り組むことが理想です。
- 企業のビジョンや目標に連動した人材開発
企業の長期戦略に基づき、必要とされるスキルや知識を明確化し、それを補完する形で育成計画を設計します。 - 人材の適正配置とモチベーション維持
成長機会を提供することで、従業員のやる気や帰属意識を高め、離職率の低下にもつながります。 - 管理職の育成と組織風土の醸成
プレイヤーとして優秀だった人材が、マネージャーとしても成果を出せるようにするには、育成と支援が不可欠です。
なぜ今、人材育成マネジメントが必要なのか?
近年の日本企業では、以下のような背景により人材育成の在り方が見直されています。
- 若手人材の早期離職の増加
やりがいや成長実感を求める若手が増え、形式的な研修だけでは効果が薄くなっています。 - 働き方の多様化
リモートワークや副業解禁など、物理的な距離を超えて組織をマネジメントする力が必要です。
こうした変化に対応するためにも、「計画的」「個別最適化」「現場主導」という3つのキーワードを軸にした人材育成マネジメントが求められているのです。
人材育成の目標と課題
この章では、まず人材育成の目標を明確にした上で、現場で直面しやすい課題を整理し、解決への視座を提示します。
人材育成の主な目標とは?
人材育成には、企業ごとに多少の違いはあるものの、共通して以下のような目標があります。
① 組織の成果創出に貢献する人材を育てる
最終的な目的は、「事業の成果に貢献できる人材の育成」です。単なるスキルの習得ではなく、実務に活かし、チームや部門の目標達成に寄与する力を備えた人材を生み出すことが求められます。
② 自律的に学び続ける風土の形成
変化が激しい現代において、企業がすべてを教えることは不可能です。従業員自身が課題を見つけ、学び、自ら成長していく「自律型人材」の育成が、持続可能な組織運営に不可欠です。
③ 人材の定着とエンゲージメント向上
適切な育成機会が提供されていることは、従業員の満足度や会社への信頼感を高めます。結果として、離職率の低下や長期的な戦力化につながります。
現場で見られる主な課題
一方で、理想的な目標が掲げられていても、育成の現場には数多くの課題が存在します。以下はよく見られる課題例です。
① 目的が曖昧なままの育成施策
育成プログラムが「とりあえず導入されている」状態では、学ぶ側のモチベーションが上がらず、形式的な参加に終わってしまいます。「何のために」「どのような力をつけるか」という目的設定が不十分なケースが多く見られます。
② 管理職の育成意識の欠如
「人を育てること」への認識が薄く、育成が後回しになってしまう現場も少なくありません。特にプレイングマネージャーの場合、自身の業務に忙殺され、部下の育成まで手が回らないといった悩みも多く聞かれます。
課題を乗り越えるために求められる視点
こうした課題を克服するためには、以下のような視点が重要です。
- 育成の全体設計を描く
単発の研修ではなく、「現場での実践→振り返り→フィードバック→次の挑戦」というPDCA型の育成プロセスを組み立てる必要があります。 - 現場と人事の連携を強化する
育成は人事部門だけで完結するものではありません。現場のニーズと課題をくみ取ったプログラム設計やフォローが鍵を握ります。 - 管理職に育成者としての意識を持たせる
評価制度と連動させ、「育成に取り組むことが評価される仕組み」を導入することで、マネージャーの意識改革を促せます。
このように、人材育成は目標を明確にしつつ、現場の課題に寄り添いながら取り組むことで、はじめて成果を上げることができます。
効果的な人材育成に必要なマネジメントスキル
では、育成に本当に必要なマネジメントスキルとは何か。ここでは、効果的な人材育成を実現するうえで、マネージャーが身につけるべきスキルセットを体系的に解説します。
1. コミュニケーションスキル
育成の基本は「対話」にあります。日常的な会話を通じて、部下の価値観や悩み、成長意欲を把握することが、的確な指導や支援の出発点になります。
具体的なポイント
- 傾聴力:相手の話を遮らず、感情や背景をくみ取る力
- 質問力:気づきを促すオープンクエスチョンで対話を深める
- フィードバック力:行動を評価し、前向きな学習につなげる表現力
特にZ世代を中心に、納得感のある説明や双方向のコミュニケーションを求める傾向が強まっており、「一方通行の指導」では信頼を得ることが難しくなっています。
2. 目標設定・モチベーション管理スキル
部下の能力や状況に応じて、適切なレベルの目標を設定し、動機づけを行う力も育成の核となるスキルです。
有効なマネジメント方法
- SMARTの原則に基づいた目標設定(具体的・測定可能・達成可能・関連性・期限)
- 個々の価値観に沿った意味づけや動機づけ(例:「成長した先にどんな役割を期待されているか」を伝える)
- 小さな成功体験を積み重ねて、自信を醸成するサポート
適切な目標設定と成功体験の提供は、部下の自己効力感を高め、「成長意欲の好循環」を生み出します。
3. OJT設計力と実行力

「現場での実務を通じて育てる」OJTは、多くの企業で育成の柱となっています。しかし、やみくもな指導では効果が限定的です。マネージャーには、計画的かつ意図的に経験機会を設計・提供する力が求められます。
効果的なOJTのポイント
- 育成目的に応じた業務アサイン(例:判断力を鍛える業務、チームワークを学ぶプロジェクト等)
- ストレッチゾーンを意識したチャレンジの設計(負荷はあるが過度なストレスにならない範囲)
- 日々の業務を教材化する意識(トラブルやミスも成長の機会と捉える)
OJTを漫然と行うのではなく、「どんな力を育てるか」という意図を持った設計が不可欠です。
4. 多様性を活かすマネジメントスキル
年齢、性別、国籍、働き方などの多様化が進む中、画一的なマネジメントでは限界があります。マネージャーには、個人の特性や価値観を尊重しつつ、一人ひとりの強みを活かす柔軟な対応力が必要です。
実践例
- 若手社員とシニア社員に対する関わり方の使い分け
- リモートワーク環境における「見えない不安」への対応
- 働きがいや意義のある仕事の提供
多様な人材が安心して力を発揮できる環境を整えることは、結果としてチーム全体のパフォーマンス向上にも直結します。
育成スキルは「教わる」ものではなく「磨く」もの
最後に重要なのは、これらのマネジメントスキルは一朝一夕に身につくものではないということです。むしろ、部下との対話や経験を通じて、日々アップデートしていくべき「実践知」だといえます。
人事部門としては、マネージャーがこうしたスキルを身につけられるよう、研修だけでなく、定期的な振り返りやメンタリング制度、評価制度との連動など、多角的な支援が求められます。
人材育成の計画方法
人材育成を効果的に進めるには、属人的な指導に頼るのではなく、組織として「計画的」に育成を進める仕組みづくりが欠かせません。。
この章では、人材育成を組織的・戦略的に設計するための基本的な考え方と具体的な手順を解説します。
人材育成計画の基本ステップ
人材育成計画を立案する際には、以下の5つのステップを軸に考えると、構造的に全体像を描くことができます。
STEP1:目的と育成方針の明確化
まずは、「なぜ育成するのか」「育成を通じてどんな状態を目指すのか」を明確にします。これは組織の事業戦略や中長期的なビジョンと紐づけて設計することが重要です。
例:
- 「中期経営計画で掲げるグローバル展開に対応できる人材を育成」
- 「管理職のマネジメント力向上を通じて離職率を下げる」
ここでの誤りは、「研修をやること」が目的化してしまうことです。育成の目的は、あくまで**「行動変容」や「成果の創出」です。
STEP2:現状のスキル・能力の把握(アセスメント)
次に、社員や部署ごとの現状レベルを可視化することが必要です。
- スキルマップの活用
- 360度フィードバックやアセスメントツール
- 上司との面談や自己評価シート
これにより、どこにギャップがあるのかが明確になり、育成の「優先順位」と「対象者の選定」が可能になります。
STEP3:実施とフォローアップ
実際の研修や育成施策を実行しながら、定期的な振り返りとフォローアップを行います。以下のような仕組みが効果的です:
- 上司との定期的な1on1ミーティング
- 行動目標に対する進捗確認とフィードバック
- 成果発表や他部署との共有会などのアウトプット機会
また、「教えられっぱなし」にならないよう、学びを定着させるためのリマインドや社内コミュニティの形成も有効です。
STEP4:評価と改善
育成計画は一度立てて終わりではありません。「育成の効果が本当に出たのか」を検証し、改善サイクルに活かすことが、持続的な成長につながります。
- 研修後の行動変化の有無(Kirkpatrickモデルなど)
- 部門業績やエンゲージメントスコアへの影響
- 育成内容に対する受講者アンケートや上司の評価
ここでのポイントは、単に満足度を測るだけでなく、業務成果との連動を意識することです。
計画的育成を成功させるための3つのポイント
① 人事と現場の共同設計
人事部門が主導する育成計画は、現場の実情と乖離してしまうリスクがあります。現場マネージャーの声を取り入れた共同設計が、実効性と納得感を高めます。
② 組織文化との整合性
いくら立派な育成計画を立てても、それが組織の価値観や文化に合っていなければ浸透しません。たとえば、「上司に何でも相談できる風土」がない組織で1on1を導入しても、形骸化する恐れがあります。
人材育成の計画は、短期的な成果を求めるものではなく、中長期で人と組織を強くしていくための戦略的施策です。経営と人事、現場が連携しながら、継続的に見直し、改善していくことが鍵となります。
育成対象者がマネジメントスキルを高めるべき理由
人材育成というと、多くの企業では「管理職」や「マネージャー」が育成する側という前提で語られがちです。しかし、今や「育てられる側=育成対象者」にもマネジメントスキルが求められる時代に突入しています。
ここでは、なぜ育成対象者自身がマネジメントスキルを高める必要があるのか、その理由と背景を詳しく解説します。
1. 働き方の多様化による「自律性」の必要性
近年、リモートワークの定着、副業の拡大、ジョブ型雇用の導入など、働き方は大きく多様化しています。この環境下では、指示待ち型の受け身な働き方は通用しにくくなってきています。
マネジメントスキルとは、単に人を動かすスキルではなく、「業務を設計し、計画し、振り返り、改善する力」でもあります。育成対象者がこの力を身につけることで、自ら業務のPDCAを回し、上司の補完的な役割を担うことができるようになります。
たとえば、若手社員が自ら進捗管理を行い、課題を報告・提案する習慣を持っていれば、マネージャーはより戦略的な業務に集中できるようになります。
つまり、自律的に動ける人材になるためには、マネジメント視点が不可欠なのです。
2. キャリアの早期多様化とマネジメントの早期化
かつては、30代後半〜40代でようやくマネジメントを任されるという企業が主流でした。しかし現在は、20代後半からプロジェクトリーダーを任されるなど、マネジメントの年齢的な早期化が進んでいます。
その背景には、以下のような要因があります。
- 労働人口の減少による若手の即戦力化
- フラット型組織への転換によるリーダー層の多層化
- プロジェクトベースでの業務推進(部下を持たないマネジメント)
こうした時代背景のもと、育成対象者が「自分にはまだ関係ない」とスキル習得を後回しにしていると、いざ任されたときに対応できず、現場や本人にとってリスクとなります。
3. チームで成果を出す力=マネジメント力
どんなに個人のスキルが高くても、組織で働く以上は「チームで成果を出す力」が求められます。この「チーム力の向上」こそが、マネジメントスキルの本質的な効用です。
育成対象者がマネジメントスキルを学ぶことで、以下のような行動が自然に取れるようになります。
- 同僚の強みを活かして業務を割り振る
- 会議を効率的に進行し、意思決定を促す
- チーム内での課題を共有し、解決策を提案する
これらの行動は、マネージャーでなくても日常業務で求められる能力です。現場主導でチームを動かす「影響力」を持った人材こそ、企業が本当に必要とする存在です。
4. 上司との関係性を構築するための視点
育成対象者にとって、上司との関係性が働きやすさや成長機会に大きく影響します。その関係性を良好にするためにも、マネジメント視点を持つことが有効です。
具体的には、以下のような「上司の立場を理解した行動」が可能になります。
- 報告・連絡・相談の質を高める
- 業務の目的や優先順位を理解したうえで動ける
- チームの目標達成に向けて建設的な意見を出せる
これにより、上司からの信頼や評価が高まり、結果としてより多くの挑戦機会を得ることにもつながります。
人材育成マネジメントの具体的な流れ
人材育成を効果的に行うには、「思いつき」や「属人的な指導」に頼らず、計画的かつ組織的にマネジメントしていくことが不可欠です。特に現場のマネージャーや人事担当者に求められるのは、「どのようなプロセスを踏めば、部下の成長が成果につながるのか」を理解し、実践に落とし込む力です。
ここでは、実務に即した人材育成マネジメントの流れを6つのステップに分けて紹介し、各段階でのポイントを詳しく解説します。
STEP1:育成の目的・ゴールの設定
最初のステップは、「何のために育成を行うのか」「どのような状態を目指すのか」という目的とゴールを明確にすることです。ここが曖昧なままでは、後続の育成施策が全てぶれてしまいます。
具体的には:
- 経営方針や事業計画と整合性を取る
- 部門目標や職種ごとの期待役割を明文化する
- 「成果として何を出せる人材にしたいか」を定義する(例:3ヶ月後に新人が一人で商談を進められる状態)
目的が明確であればあるほど、育成の設計がブレずに行えます。
STEP2:育成対象者の現状把握
次に行うべきは、育成対象者のスキルや行動、マインドの現状把握です。現状を把握することで、育成の「的」を絞ることができます。
有効な手法:
- スキルマップやコンピテンシー評価
- 1on1でのヒアリング
- 上司・同僚からの多面評価(360度評価など)
- 自己診断ツールの活用(モチベーション診断、性格診断など)
この段階では、「伸ばすべき強み」と「克服すべき課題」を明確にし、育成計画の個別最適化につなげることが重要です。
STEP3:育成計画の立案
目的と現状が整理できたら、次は育成の全体計画を立てます。ここでは「何を、いつまでに、どのような方法で育てるか」を具体的に設計します。
育成計画で定めるべき項目:
- 育成目標(スキル/行動/マインド)
- 実施時期と期間(短期〜中長期)
- 育成手法(OJT、OFF-JT、自己学習など)
- フォローアップ体制(上司の関与、評価方法)
また、組織のリソースに応じて、育成にかかるコストや負荷の見積もりも必要です。実現可能な計画を立てることが、継続性を担保します。
STEP4:育成の実施と支援
計画に基づき、実際の育成を進めていく段階です。ここでは、マネージャーやOJT担当者の「育てる力」が問われます。
実施時のポイント:
- OJTでは「やって見せる」「やらせてみる」「フィードバックする」の3段階を意識する
- OFF-JTでは、研修前後の目的・学びの定着をフォローする
- 育成対象者の変化に応じて計画の柔軟な見直しを行う
- 失敗を責めず、挑戦を評価する心理的安全性の確保
さらに、「育てる側」のスキルが不足している場合は、指導者向けの研修やガイドライン整備も検討しましょう。
STEP5:進捗確認とフィードバック
育成は「やりっぱなし」にしてはいけません。定期的に進捗状況を確認し、フィードバックを与えることで、成長の質とスピードが高まります。
おすすめの手法:
- 週次・月次の1on1ミーティング
- 成果目標に対する達成度のレビュー
- 行動ログや簡易レポートの活用
- ピア・レビュー(同僚からの簡易コメント)導入
この段階では、ただ褒めたり注意したりするのではなく、「どうすればもっと良くなるか」の視点で対話することが重要です。
加えて、育成対象者本人にも振り返りを促し、「学んだこと」「課題に感じたこと」「次に活かしたいこと」を整理してもらうことで、次なる成長の一歩へとつなげられます。
成功のカギは「仕組み」と「対話」の両立
人材育成マネジメントを効果的に進めるためには、**組織としての育成の仕組み(設計)**と、**現場での日々の対話(実行)**の両方が重要です。
一方だけが突出していても、成果にはつながりません。育成は、単なる制度ではなく、「人と人との関わり」があってこそ成り立つものです。
企業としては、以下を意識すると良いでしょう:
- 管理職への育成スキル研修の実施
- 育成の進捗を組織として可視化・共有する仕組みの整備
- マネジメント行動を評価項目に組み込むなどの制度的支援
部下を育成する際のポイント
部下を育成することは、単なる「知識やスキルの伝達」にとどまりません。組織の成果に直結する行動やマインドを引き出し、「自律的に動ける人材」へと成長させることが育成の本質です。しかし、実際には「育てているつもりが、成長が見られない」「指導しても響かない」といった悩みを抱えるマネージャーも多く存在します。
この章では、部下育成をより効果的に進めるための現場視点に立った実践的なポイントを紹介します。
1. 「信頼関係の構築」がすべての起点
育成の成果は、部下が「この人の言うことなら聞こう」と思えるかどうかに大きく左右されます。信頼関係の構築は、育成の土台です。
実践ポイント:
- 日常的な声かけや雑談を大切にする
- 約束を守る・一貫性のある言動を意識する
- 部下の話にしっかり耳を傾け、共感を示す
育成がうまくいかないマネージャーの多くは、「関係構築を飛ばして指導に入ってしまう」という共通点があります。まずは「関係づくり」がスタートラインです。
2. 目標設定は「共有」と「納得感」がカギ
「何のために学ぶのか」「この仕事の意味は何か」が腑に落ちていないと、部下は育成を「やらされごと」と感じてしまいます。
具体策:
- 目標設定は一方的に与えるのではなく、対話を通じて合意形成する
- ゴールだけでなく、「なぜそれが重要なのか」もセットで説明する
- 目標を小さく分解し、達成可能なステップで段階的に設計する
納得感のある目標は、部下の自発性を引き出し、「自分ごと化」につながります。
3. 成長を促すフィードバックの技術
フィードバックは、部下の成長スピードを加速させる最も強力なツールです。しかし、タイミングや伝え方を間違えると、逆にモチベーションを下げるリスクもあるため注意が必要です。
効果的なフィードバックの原則:
- 具体的な行動に基づいて伝える(抽象的な「頑張ってるね」ではなく「A提案書でこう工夫してたのが良かった」など)
- 行動→結果→影響→次のアクション、の順で構造的に伝える
- 改善点だけでなく、良かった点をしっかり伝えることで安心感を与える
また、「その場で」「こまめに」フィードバックすることで、学びが定着しやすくなります。
4. 日常業務を「育成の場」として活用する
育成というと、研修や面談など「特別な時間」と考えがちですが、最も重要なのは日常業務の中での育成です。OJTや実務を通じてこそ、リアルな学びが得られます。
実践例:
- 業務アサイン時に「何を学んでほしいか」を明示する
- 毎日のちょっとした業務指示にも、背景や意図を伝える
- 定期的に振り返りの時間を持つ(例:週1回の15分レビュー)
仕事の中に育成意図を織り込むことで、自然に学びが積み重なっていきます。
5. 部下一人ひとりの「違い」を尊重する
育成で陥りやすい落とし穴が、「自分がされた通りに育てようとする」ことです。しかし、性格・価値観・成長スピードは人それぞれ異なります。
適切な関わり方のために:
- 部下のタイプや志向性を理解する(DISC理論やMBTIなどを参考にするのも有効)
- 成長実感のスイッチ(褒められると伸びる、任されると伸びる 等)を見極める
- 一律ではなく、個別最適なアプローチを意識する
「人を育てる」とは、「相手に合わせて育て方を変える」ということに他なりません。
6. 育成の成果を組織として評価する
部下が育っても、それを正しく評価・承認しないと、育成のモチベーションが持続しにくくなります。また、マネージャー自身の育成行動も、しっかりと評価されるべきです。
成果の見える化:
- 成長記録や行動変容を報告書やミーティングで共有
- 育成に成功した事例を社内で発信・表彰
- 評価制度に「育成成果」を組み込む
これにより、「育てること」が組織全体で価値ある行為として認識され、継続的な育成文化の土台が築かれます。
管理職を育成する際のポイント
組織の中核を担う存在である管理職は、単に部下を統率する役割にとどまらず、戦略の現場実装、人材育成、組織風土の醸成といった多面的な役割を担っています。そんな管理職の質が、組織全体の成果や文化を左右すると言っても過言ではありません。
しかし現場では、「プレイヤーとしては優秀だったが、マネージャーになるとうまくいかない」「管理職になったものの育成支援が十分でない」といった課題も少なくありません。
この章では、管理職を効果的に育成するためのポイントを、人事・上司・組織全体の観点から解説します。
1. 管理職に求められる役割の明確化
まず重要なのは、「何をすればよい管理職なのか」という役割の可視化と期待値の明示です。
よくある失敗:
- 昇進後も「プレイヤー意識」が抜けない
- 「とにかく成果を出せ」という曖昧なメッセージだけが伝えられている
解決策:
- 管理職のコンピテンシー(行動特性)を明文化する
- ミッション・バリュー・期待行動をセットで伝える
- 「部下を育てること」や「組織目標の実現に貢献すること」も役割に含める
役割認識が曖昧だと、本人も周囲も混乱します。まずは「何を期待しているか」を丁寧に伝えることが、育成の第一歩です。
2. マネジメントスキルの段階的な習得支援
管理職には、部下の育成・業績管理・コンプライアンス対応など、多岐にわたるスキルが求められます。しかし、すべてを一度に求めるのは非現実的です。
実践的アプローチ:
- 昇格前研修(アセスメント+適性把握)
- 就任直後のマネジメント基礎研修(目標設定・フィードバック・1on1など)
- 就任後半年・1年ごとのフォローアップ研修(振り返り・課題共有・学びの再構築)
このように、段階的な支援プログラムを組むことで、管理職自身が安心して成長できる土壌が整います。
3. 現場のリアルを反映したOJT・メンタリング
管理職育成において、集合研修だけでは限界があります。実務に根ざした経験を通じた学習が、もっとも力を発揮します。
実施例:
- 先輩管理職によるメンタリング制度(成功・失敗のナレッジ共有)
- 定期的なケーススタディ型ミーティング(「あの部下にどう対応するか?」を議論)
- 管理職同士のピア・ラーニング(他部署の視点を取り入れる)
特に効果的なのは、「ひとりで抱え込ませない」仕組みづくりです。役職が上がるほど孤独になりがちな管理職に対し、伴走する文化を醸成することが重要です。
4. 組織としてのサポート体制の整備
管理職に対して、「あとはよろしく」と丸投げするような組織風土では、育成は定着しません。管理職が育ちやすい組織には、継続的に支援する仕組みがあります。
サポートの具体策:
- 管理職専用の相談窓口やカウンセリング
- 管理職向けの人事制度ガイドやFAQの整備
- 管理職の育成力を「評価・表彰」する文化
育成は、「できて当然」ではありません。企業として、「育成できる管理職を育てる」視点が必要です。
5. 育成対象としての「管理職」に対する認識転換
育成を行う側とされる側の境目が曖昧になっている今、管理職自身もまた育成対象であるという意識が組織に求められます。
認識転換のために:
- 「管理職に昇進=ゴール」ではなく、「ここからがスタート」と伝える
- 自己評価と他者評価のギャップを可視化し、学びを継続させる
- キャリアパス上に「マネジメント職」と「専門職」の選択肢を用意する
「自分自身もまだ学びの途上である」という意識を持てる管理職こそ、変化に強く、部下にとっても信頼される存在となります。
人材育成マネジメントで注意するべきポイント
人材育成マネジメントは、企業の成長を支える重要な経営活動です。しかし、熱心に取り組んでいても、効果が上がらなかったり、現場からの反発を招いたりすることもあります。その原因の多くは、「正しい取り組みができていない」以前に、「やってはいけないことに気づかないまま進めてしまっている」ことにあります。
この章では、人材育成マネジメントを進める際に陥りやすい落とし穴や注意すべきポイントを体系的に整理し、失敗を防ぐための視点を提供します。
1. 育成の目的が曖昧なまま進めない
最も多い失敗の一つが、「とりあえず育成を始める」「流行だから研修を導入する」という目的不在の育成です。
なぜ危険か:
- 何を目指しているのか不明確だと、学習内容も評価軸もぶれる
- 育成対象者が「なぜこれを学ぶのか」に納得できず、モチベーションが上がらない
- 効果測定ができず、改善につながらない
解決のためには:
- 育成の目的を「経営戦略」と「人事戦略」に明確に結びつける
- 対象者に対しても、育成の意義や期待される成果を伝える
- 数値目標だけでなく、行動目標も設定する
2. 一律の育成で全員を同じように扱わない
年齢、経験、職種、キャリア志向など、社員の属性は多様です。にもかかわらず、一律の研修やOJTで全員を同じように育てようとすることは、非効率かつ逆効果になり得ます。
よくある例:
- 若手とベテランに同じ研修を実施する
- 全員に同じ成長スピードを求める
- キャリア志向を無視した配置や指導を行う
対応策:
- セグメント別に育成方針を策定する(例:若手=自律型人材、中堅=実行力強化)
- 1on1やキャリア面談を活用し、個別最適な関わり方を検討する
- 多様な選択肢(eラーニング、社内外研修、プロジェクト参画等)を用意する
3. 「育成=研修」と捉えて終わらせない
人材育成と聞いてまず「研修」を思い浮かべる方は多いでしょう。確かに研修は重要な手段ですが、それだけで育成が完了するわけではありません。
陥りやすい思考:
- 研修を実施しただけで満足してしまう
- 育成の成否を研修の満足度アンケートで判断する
- 「学んだことが現場で使われない」まま放置される
対策:
- OJTや実務と連動した育成設計(研修前後の上司との対話を義務化するなど)
- 学習内容の職場実装を評価制度に反映させる
- 「学び→実践→振り返り→定着」のサイクルを設計する
4. フィードバック不足・放置型マネジメント
育成対象者にとって、上司や先輩からのフィードバックは大きな成長の機会です。しかし、現場が忙しいことを理由に、育成者が「放置」してしまうケースが後を絶ちません。
放置が招く弊害:
- 成長の方向性が不明確になり、主体性が失われる
- 誤った行動や判断が放置され、定着してしまう
- 「見てくれていない」という不信感が醸成される
回避するために:
- 週1回、10分でも良いので「振り返りの場」を持つ(マイクロ1on1)
- フィードバックの技術をマネージャーに教育する
- 良い行動には即座に承認、誤りには早めに修正を促す
5. 育成に対する評価と報酬が不十分
育成行動は、目に見えにくく評価もしにくいため、頑張って育成しても報われないという状態が起こりがちです。これではマネージャーも育成に力を入れづらくなります。
改善策:
- マネージャー評価に「部下育成行動」の項目を入れる
- 部下の成長がマネージャーの成果につながる評価設計をする
- 成功事例を社内で共有し、称賛の文化を醸成する
「育てること」が組織として評価される風土が整えば、自然と育成行動は増えていきます。
まとめ:人材育成マネジメントの本質と実践の鍵

人材育成マネジメントは、単なる研修や制度の導入ではなく、「人と組織をいかに成長させるか」という本質的な経営課題です。育成の目的を明確にし、現場と人事が連携して計画的に実行することで、個人の成長が組織成果につながります。
特に重要なのは、マネージャーが育成の担い手としてスキルを磨くと同時に、育成対象者自身も自律的に学び、マネジメント視点を持つことです。さらに、部下や管理職へのアプローチは画一的でなく、個々の特性やステージに応じた多様な関わりが求められます。
また、育成は一方向の指導ではなく、信頼関係・目標の共有・フィードバック・環境づくりといった「人間関係の質」によって大きく左右されるものです。成功のためには、制度と文化の両輪を整え、育成を組織の中に「当たり前の行動」として根づかせていくことが欠かせません。
監修者

- 株式会社秀實社 代表取締役
- 2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。
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