リスキリングとは?意味と導入の全体像を専門家が徹底的にわかりやすく解説

4 新人研修・キャリア形成

急速に進むDX(デジタルトランスフォーメーション)や業務の自動化、働き方の多様化により、従業員に求められるスキルは年々変化しています。その中で今、注目されているのが「リスキリング」です。単なる再教育ではなく、企業全体の競争力や変革を支える人材育成の中核として位置づけられつつあります。
本コラムでは、リスキリングとは何かという基本的な定義から始まり、企業が導入する意義、進め方、よくある課題、成功事例までを、組織人事コンサルタントの視点から丁寧に解説します。これからの時代を担う人事担当者にとって、必ず押さえておきたい知識です。

< このコラムでわかる3つのポイント >
1.リスキリングとは何か、その意味と企業における導入意義
2.実務に活かせるリスキリング施策の設計と運用の具体手順
3.制度が形骸化しないための成功事例と現場目線の対処法

 

リスキリングの意味は?

リスキリング(reskilling)とは、業務の変化や技術の進化などに対応するために、従業員が新たなスキルを習得し直すことを指します。単なる知識の追加ではなく、現在の職務や業界の変化に応じて必要とされるスキルセットを再構築するプロセスです。

この概念は特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展や自動化技術の普及により、従来の業務内容が大きく変わってきたことが背景にあります。かつては長期的に同じ職種・同じ業務に従事することが一般的でしたが、今では業務内容自体が短期間で変化する時代に突入しています。その結果、これまでのスキルが十分に通用しなくなるケースが増えてきたのです。

ここで混同しやすいのが、「アップスキリング」との違いです。アップスキリングは、既存の職務能力を高めることを意味します。一方、リスキリングは別の職務や役割への転換を可能にする新たなスキルの習得が目的です。たとえば、製造部門で働いていた従業員がデジタルツールを使った品質管理やデータ分析を学び、業務領域を変えていくようなケースが該当します。

また、「学び直し」という訳語が用いられることもありますが、それは必ずしも正確ではありません。リスキリングの本質は、学習自体にあるのではなく、学んだ内容をもとに「新しい価値を提供する業務」に従事する点にあります。つまり、企業側が求める新たな業務への適応能力を高めることがリスキリングの目的です。

現在、グローバルでもこの取り組みは進んでおり、たとえばアマゾンは2025年までに10万人以上の従業員を対象にリスキリングを実施する計画を発表しています。また、マッキンゼーのレポートによると、企業の50%以上が「自社の人材が今後5年以内にリスキリングを必要とする」と回答しています。

日本国内でも、経済産業省が中心となり「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を推進し、企業と連携した施策を多数展開中です。これは単に個人の成長支援だけでなく、企業の中長期的な競争力確保を視野に入れた政策といえるでしょう。

このようにリスキリングは、個人のキャリア形成支援にとどまらず、企業戦略や人材ポートフォリオの再構築にも深く関係しています。つまり、リスキリングを単なる「人材研修」と捉えるのではなく、「企業の未来を形づくる人材投資」として位置づける必要があるのです。

リスキリングの重要性

なぜ今、これほどまでに「リスキリング」が注目されているのでしょうか。それは、企業にとっての競争環境が大きく変化し、従業員一人ひとりのスキルの陳腐化が急速に進んでいるからに他なりません。従来のように、一定のスキルを持った人材を採用し、その能力を長期間活用していくという人材戦略は、もはや現代のビジネスには対応しきれない現実があるのです。

DX(デジタルトランスフォーメーション)の進行によって、ビジネスモデルや業務プロセスは急激に変化しつつあります。AIやRPAといった技術が業務に組み込まれることで、従来の仕事がなくなる一方、新しい仕事が生まれるという流れが加速しています。こうした中で、企業が存続し、成長し続けるためには、新しい業務に適応できる人材の確保が不可欠となります。しかし、外部から常に新たなスキルを持つ人材を採用し続けることは、コスト面でも組織の一体感という点でも現実的ではありません。

その解決策として浮上してきたのが、既存の従業員に新たなスキルを習得させる「リスキリング」です。これは、社内の人材を戦略的に育成し、変化に柔軟に対応できる体制を構築するための、非常に効果的なアプローチと言えます。実際、経済産業省が2020年に発表した「未来人材ビジョン」においても、リスキリングの推進は企業の重要な責任の一つとして位置づけられており、社会全体としてその取り組みが求められています。

また、リスキリングには企業の人材活用を最適化するという側面もあります。ある従業員が、これまで属していた部署ではスキルが十分に活かされていなかったとしても、リスキリングを通じて他の部署や職種に適応できるようになれば、その人材の持つ可能性を大きく引き出すことができます。これは、人的資本経営の観点からも非常に価値ある取り組みです。

さらに、従業員側にとってもリスキリングはメリットがあります。特にキャリアの中盤に差しかかる30代・40代の社員にとっては、「このままのスキルで働き続けられるのか」という不安を抱えることも多いでしょう。そんな中で、企業がリスキリングの機会を提供することは、個人のキャリアの選択肢を広げ、モチベーションの向上にもつながります。実際に、多くの企業がリスキリングをきっかけに社内のエンゲージメントが高まったと報告しています。

とはいえ、単に研修を用意するだけでは不十分です。リスキリングを本当に機能させるためには、従業員が「なぜその学習が必要なのか」「学んだことがどう業務に活かされるのか」を明確に理解できる環境づくりが不可欠です。そのためには、経営層と人事部門が一体となって、リスキリングの目的や方針を組織全体に浸透させていく必要があります。

このように、リスキリングは一時的な研修施策ではなく、企業全体の戦略に深く関わる継続的な取り組みです。単なる教育プログラムとしてではなく、「企業の将来を左右する投資」として位置づけることで、ようやくその本質的な効果が発揮されるのです。

企業がリスキリングするメリットとデメリット

リスキリングは、企業にとって戦略的な人材投資と位置づけられる取り組みですが、その一方で運用にはさまざまな課題やリスクも存在します。本コラムでは、リスキリングの「光と影」を客観的に整理し、企業が導入する際の判断材料として役立てていただきたいと思います。

リスキリングの主なメリット
① DX・業務変化への即応力を高める

リスキリングの最大の利点は、DXや業務のデジタル化といった環境変化に対し、既存の人材を迅速に適応させられる点にあります。新しい業務をこなすために外部から人材を採用するのではなく、既存の従業員に新たなスキルを習得させることで、即戦力として再活用できます。

② 人材育成コストの最適化

新たな人材の採用には、求人広告費・選考・オンボーディングなど多くのコストが発生します。それに対してリスキリングは、すでに企業文化を理解している人材に対する教育投資であるため、ミスマッチや離職リスクを最小化できます。

③ 従業員エンゲージメントの向上

従業員が「自分の成長に投資してくれている」と実感することで、企業への信頼感が高まり、離職率の低下やエンゲージメントの向上につながる傾向があります。特に中堅社員のキャリア再設計にも有効です。

リスキリングの主なデメリット
① 研修・制度設計の負担

リスキリングを成功させるためには、目的設計・カリキュラムの作成・講師の選定・効果測定といったプロセスが必要であり、人事部門に大きな負荷がかかります。準備不足のまま制度を走らせると、形骸化するリスクも高いです。

② 学習意欲の個人差

すべての従業員が前向きに学習に取り組むとは限りません。特に「自分の業務と関係がない」「昇進・評価と直結しない」と感じると、リスキリングを単なる負担として捉える層も出てきます。

③ 業務とのバランス調整が難しい

研修時間の確保が難しい、業務との両立が困難など、現場のリソースを圧迫することもデメリットとして挙げられます。この点を軽視すると、現場と人事の間に温度差が生まれる可能性があります。

専門家としての視点

リスキリングを進めるうえで大切なのは、短期的なROIではなく中長期的な人材戦略としての視点です。デメリットを完全に解消することは難しくても、制度設計の段階でしっかりとリスクヘッジを行い、従業員への丁寧な説明と目的の共有を怠らないことが成功の鍵となります。

また、スキルだけでなく「価値観の転換」も含めた育成が求められる時代です。今ある課題を洗い出し、どの層に何を学んでもらうか、どのように業務に還元するかを戦略的に設計することが、これからの企業にとって不可欠になるでしょう。

リスキリングがなぜ今注目されているのか

ここ数年で「リスキリング」という言葉が一気に広まり、国・企業・個人のレベルで多くの議論が行われるようになりました。ではなぜ、今このタイミングでリスキリングがこれほど注目されているのでしょうか。背景には、テクノロジーの進化、労働市場の変化、そして企業経営における人的資本の再評価という3つの大きな潮流があります。

DXの急加速と業務構造の変化

もっとも大きな要因は、DXの急速な進展です。AI、クラウド、IoT、ビッグデータなどのテクノロジーが、これまでの業務プロセスを根本から変えようとしています。たとえば、定型的な事務作業はRPAによって自動化され、これまで人の手で行っていた業務が不要になる一方で、新しいツールの操作や分析スキルを必要とする業務が急増しています。

こうした状況下で、従業員が従来のスキルだけでは対応できなくなることは明白です。そこで、企業は既存人材のスキルを“再構築”することで、新たな業務に対応できる体制を整える必要に迫られているのです。

労働市場の流動化と人材獲得競争の激化

日本では、少子高齢化により労働人口が減少しています。この傾向は今後さらに加速すると見込まれており、企業は限られた人材をいかに有効活用するかという視点での戦略を求められています。

一方、テクノロジー分野やデジタルスキルを持つ人材は、あらゆる業界で需要が高まり、転職市場でも高額オファーが飛び交うなど人材の流動性が高まっています。このような状況下で、外部人材の確保に頼りきるのではなく、内部人材を育てる=リスキリングするという選択肢が注目されているのです。

国の後押しと制度改革の影響

リスキリングへの注目度を高めているもう一つの要因は、国レベルでの政策支援です。たとえば経済産業省は「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を展開し、企業と個人が学び直しに取り組みやすい環境整備を推進しています。

また、厚生労働省も「人材開発支援助成金」などを通じて、企業の研修制度の導入・拡充を積極的にサポートしています。こうした支援策があることで、企業がリスキリングを導入しやすくなったことも注目度の高まりに拍車をかけています。

リスキリングが注目される主な理由とその背景
要因背景と影響
DXの加速業務のデジタル化が進み、既存スキルでは対応困難に 
労働市場の変化少子高齢化と人材流動性の上昇により、社内人材の再活用が求められている
国の制度的支援経済産業省・厚生労働省などがリスキリング促進政策を展開
人的資本経営の推進   社員を「資源」から「資本」として捉える経営視点が普及

リスキリングが今これほど注目される背景には、「学び続けられる組織こそが成長する」というパラダイムシフトがあります。変化に強い組織をつくるには、ただ教育制度を用意するだけでは不十分で、従業員が自発的に学ぶ文化と、企業がそれを支援する姿勢が不可欠です。

企業がリスキリングする際のポイント

リスキリングを企業として導入する際、成功と失敗を分ける要素は数多くあります。ただ研修を設けるだけでは期待した効果は得られません。ここでは、制度設計から運用に至るまでの重要なポイントを、組織人事コンサルタントの視点で整理していきます。

明確な目的設定とスキルギャップの可視化

まず初めに重要なのは、「なぜリスキリングを実施するのか」という目的を明確にすることです。DX推進、業務改革、職種転換、人材の多能工化など、目的によって育成すべきスキルも対象人材も変わってきます。目的が曖昧なまま進めると、従業員にとっても「何のためにやっているのか」が分からず、モチベーションが下がってしまいます。

そのためには、まず現状のスキルセットを可視化し、将来的に求められるスキルとのギャップを把握することが欠かせません。スキルアセスメントや1on1面談を通じて、個々の課題や関心を浮き彫りにしておくことで、より効果的な育成計画が立てられます。

対象人材のセグメント化と最適なカリキュラム設計

リスキリングの対象は全社員である必要はなく、むしろ段階的にターゲットを絞るほうが現実的です。たとえば、まずはDX推進の鍵となる部署のリーダー層を対象にした研修からスタートし、その後、管理職・現場社員へと拡張するパターンが一般的です。

また、年齢や職種、職位によっても学習の進め方や内容に差異があるため、一律の研修ではなく、カスタマイズされたカリキュラム設計が求められます。学習テーマも「業務に直結するスキル」だけでなく、「思考法」や「ビジネスモデル理解」といったメタスキルを取り入れると、より実務に活きた学習になります。

学習と業務のバランスを考慮したスケジュール設計

リスキリングがうまくいかない要因の一つに、「学習時間が業務に圧迫される」という現場の声があります。これは、制度設計時に十分な工数設計がなされていないことが原因です。

理想的には、業務内に学習を組み込む「ラーニング・イン・ザ・フロー・オブ・ワーク」の考え方を採用することです。短時間のeラーニング、ピアラーニング、マイクロラーニングなどを活用し、日常業務に無理なく学習を取り入れる設計が有効です。

また、企業文化として「学ぶことが推奨されている」という雰囲気を醸成することも重要です。学びが個人の評価やキャリアにどう繋がるかを明示することで、学習の意味づけを強め、実効性を高めることができます。

成功に必要な設計要素内容例
目的設定の明確化DX推進、人材の配置転換、エンゲージメント向上など
スキルギャップの把握  スキルアセスメント、360度評価、自己申告など
対象者のセグメント化リーダー層 → 管理職 → 一般社員の順に段階展開
カリキュラムの柔軟性レベル別、職種別、目的別にモジュール化
学習と業務の両立設計マイクロラーニング、オンザジョブ形式、週○時間の学習確保など

リスキリング導入に際しては、こうした要素を組み合わせ、“自社ならでは”の人材育成モデルとして設計することが求められます。企業ごとにカルチャーや業務特性は異なるため、他社の成功事例をそのまま模倣するのではなく、内部の課題や目標に沿った形で柔軟に取り入れる姿勢が重要です。

加えて、専門家として強調したいのは、「制度として完成させること」がゴールではないということです。むしろ制度はスタート地点であり、従業員の学習体験を継続的にアップデートし、企業としての成長戦略と連動させていく必要があります。現場のフィードバックを柔軟に受け取りながら、段階的に制度をブラッシュアップしていく姿勢が、結果として大きな成果につながるのです。

具体的なリスキリング導入方法

リスキリングの必要性を理解したとしても、「では実際にどう導入すればよいのか?」という点で立ち止まる企業は少なくありません。制度構築には時間と手間がかかるため、計画的にステップを踏んでいくことが成功の鍵となります。ここでは、専門家の立場から、企業がリスキリングを導入するための具体的なプロセスを段階ごとにご紹介します。

ステップ①:現状分析とスキルマップの作成

導入の第一歩は、「自社にとって必要なスキルは何か?」を明確にすることです。これには、事業戦略や今後の組織構想と照らし合わせたスキル要件の洗い出しが必要です。

続いて、従業員の現在のスキルを棚卸しするために、スキルマップの作成を行います。職種別、レベル別、業務別など、評価軸を定めて作成することで、スキルギャップが可視化され、対象者の選定やカリキュラム構築に役立ちます。

ステップ②:育成対象とカリキュラムの設計

スキルマップをもとに、リスキリングの対象者をセグメント化し、それぞれに最適な育成方法を選択します。研修形式も多様化しています。eラーニングや社内講師による勉強会、外部研修機関との連携など、学習手段を複数用意することで選択肢の幅を広げることができます。
例えば、以下のように層ごとに研修を設計すると効果的です。

対象者層研修内容の一例
経営層DX戦略理解、人的資本経営、業界トレンド
管理職マネジメントスキル、部下育成、データ活用
現場社員    ツール操作、業務改善、業界知識のアップデート
ステップ③:制度設計と学習文化の醸成

カリキュラムだけでなく、学習を支える制度の設計も重要です。例えば、以下のような制度設計が考えられます。

  • 学習時間の確保(週○時間の学習を就業時間内に認める)
  • 成果に応じた評価制度(リスキリング達成度に応じた昇進・手当)
  • メンター制度の導入(社内で学習サポートを行う仕組み)

また、制度を形だけのものにせず、自律的な学びを促す組織文化をつくることも忘れてはなりません。経営陣が積極的に参加したり、学習の成果を社内で共有するなど、学びを称賛する文化を育てることが継続の鍵となります。

ステップ④:効果測定とフィードバック

リスキリングは導入して終わりではありません。定期的な効果測定とフィードバックのサイクルを構築することで、制度を継続的に改善していくことが重要です。定量的なデータに加えて、従業員の声を拾い上げる仕組みも導入し、現場での運用感を反映させることが、制度の成熟度を高めるポイントになります。測定指標としては、以下のようなKPIが参考になります。

  • 修了率・受講率・学習時間
  • 業務成果への影響(生産性向上・品質改善など)
  • 従業員アンケート(満足度・自己成長実感)

リスキリング導入は一見すると難しそうに思えますが、ステップを分解して進めることで実現可能性は一気に高まります。重要なのは、「完璧な制度」をいきなり目指すのではなく、自社の現状に合わせて柔軟に始めることです。例えば、まずは特定部門に絞った短期研修からスタートし、効果を確認しながら範囲を広げていくという方法も、非常に現実的かつ効果的です。

リスキリングの導入は、企業文化や従業員の価値観に変化を促す取り組みです。その一歩をどのように踏み出すかが、将来の組織力を左右するといっても過言ではありません。

リスキリング導入で気をつけるべきポイント

リスキリングの導入は、企業にとって多くのメリットをもたらす一方で、設計や運用を誤ると「形だけの制度」に終わってしまうリスクもあります。ここでは、導入時に特に注意すべきポイントを、企業支援の現場から得た知見をもとに整理してご紹介します。

経営層の関与とメッセージ発信

リスキリングの取り組みを制度として定着させるには、経営層の明確な関与と意思表示が不可欠です。現場主導で始めた取り組みであっても、経営層がその価値を理解し、全社的な優先事項として認識していなければ、他の業務に埋もれてしまう可能性が高くなります。

例えば、経営陣が社内向けに「これからはスキルアップを企業戦略と直結させていく」と明言し、具体的なメッセージを発信することが、従業員の意識に大きな影響を与えます。また、経営トップ自らが学習に参加する姿勢を見せることも、社内にポジティブな学習文化を根付かせる大きな要因となります。

研修内容と業務の関連性の明示

リスキリングの研修内容が、実際の業務にどのように活用されるのかが見えにくい場合、従業員の学習意欲は低下します。研修設計時には、「このスキルは、どの業務で、どう使われるのか」を明確に伝える必要があります。

また、学習後の業務配属やジョブローテーションなど、学んだ内容を実践できる場の提供も重要です。スキル習得だけで終わると、「やらされ感」が強くなり、制度への信頼も失われかねません。企業としては、スキル取得後のキャリアパスを示すことがモチベーション向上に直結することを意識すべきです。

無理のない運用設計と現場の巻き込み

どれほど優れた制度を設計しても、運用負荷が高すぎると現場は動きません。業務との両立が難しくなると、学習の優先度は下がり、制度が形骸化していきます。そのため、導入段階では以下のような工夫が求められます:

  • 学習時間を週1時間に設定し、就業時間内で対応可能にする。
  • 短時間で完結するマイクロラーニングを採用する。
  • 学習内容を業務内で実践できるプロジェクトと連動させる。

こうした工夫に加えて、現場の管理職やリーダー層の巻き込みも重要です。彼らが積極的に制度の価値を理解し、部下に対して前向きな働きかけを行うことで、現場全体に学習への前向きな空気が広がります。

リスキリング制度の設計では、「制度の完成度」よりも「実行のしやすさ」が鍵になります。特に最初の数ヶ月間は、従業員からの反応や習熟度を見ながら、柔軟に制度を修正していく運用体制を整えておくことが重要です。

実務を重視する企業ほど、「理想的な研修カリキュラム」よりも「すぐに使える実践的スキル」に価値を感じる傾向があります。したがって、カリキュラムの内容だけでなく、それが現場で成果に結びつくような仕組みまでを視野に入れて制度設計を行うことが、リスキリング成功の鍵となります。

リスキリングでよくある課題と対処法

リスキリングは、多くの企業で導入が進んでいる一方、制度を運用する中でさまざまな課題に直面しているケースも少なくありません。特に導入初期は、従業員の参加率が伸びない、学習効果が実感できない、制度が形骸化するなど、多くの壁が立ちはだかります。ここでは、現場でよくある課題を分類し、それぞれに対する実践的な対処法をご紹介します。

課題①:従業員の学習意欲が低い

もっとも多く寄せられる声が、「従業員が学びたがらない」「受講率が伸びない」といったものです。これは制度設計だけの問題ではなく、動機づけの設計不足によるケースが大半です。学習は自発性が重要ですが、それを支える制度的インセンティブと実感のある学習効果の提示が不可欠です。対処法として有効なのは、以下のアプローチです。

  • 学習成果を評価制度や昇進と結びつける。
  • 「なぜこのスキルが必要か」を業務と関連付けて明確に伝える。
  • 成功事例を社内で共有し、学びの意義を体感させる。
課題②:業務との両立が困難

多くの現場では「忙しくて学習時間が取れない」という声があがります。特にプロジェクトが立て込んでいる部署では、リスキリングどころではないという空気が蔓延してしまうことも。要は、学習を“追加業務”ではなく“業務の一部”として位置づける設計が鍵です。この課題に対しては、以下のような方法が有効です。

  • 学習時間を「業務時間内」に組み込むルールを設ける。
  • 15分単位などの短時間で完結するマイクロラーニングを導入する。
  • 学習と業務を統合するOJT型研修に切り替える。
課題③:研修内容が業務とリンクしていない

「この研修、業務に関係あるの?」と感じさせてしまうと、リスキリングは失敗に終わります。スキルの実務適用が見えないと、従業員の関心も維持できません。研修の「出口設計」まで意識してカリキュラムを構築することが必要です。この問題への対処法としては、以下が考えられます。

  • 実際の業務課題に基づいたプロジェクト型研修を行う。
  • 現場の課題を教材化し、研修内容に組み込む。
  • 修了後に実務で試せる「現場適用チャレンジ」などの仕組みを設ける。
課題④:制度運用のマンネリ化と形骸化

リスキリング制度がしばらく運用された後に見られるのが、「最初は盛り上がったが、今は誰も使っていない」といった状態です。これは、継続的な改善と更新が行われていないことが原因です。制度を「固定されたもの」とせず、“進化するプラットフォーム”として設計する視点が求められます。有効な対策としては、以下が考えられます。

  • KPI(受講率、満足度、適用実績など)をもとに定期的に制度を見直す。
  • 社内アンバサダー制度を導入し、現場での推進役を育成する。
  • 新しいテーマや手法(AI活用、ブロックチェーン講座など)を定期的に追加する。

リスキリングにおける課題の多くは、制度そのものよりも運用プロセスや現場とのコミュニケーション不足に起因しています。課題が発生した際には、単なる修正ではなく、「なぜこの制度が必要なのか」という根本に立ち返ることが解決の糸口となるでしょう。制度は「作って終わり」ではなく、「使われて初めて価値がある」という視点を常に忘れないことが大切です。

企業のリスキリング導入成功事例

リスキリングは「抽象的な取り組み」と思われがちですが、実際には多くの企業が導入し、成果をあげています。本コラムの締めくくりとして、国内外での代表的な成功事例を紹介しながら、どのような工夫や視点が成果につながったのかを専門家の視点で解説します。

事例①:アマゾン(Amazon)の「Upskilling 2025」プログラム

グローバル企業の中でも、リスキリングに大規模な投資を行っているのがアマゾンです。同社は「Upskilling 2025」プロジェクトを通じて、社内の10万人超の従業員に対し新たなスキルを提供するプログラムを展開しています。

研修の対象は物流現場スタッフから本社のオフィス職員まで幅広く、AI、機械学習、クラウドエンジニアリングなどの分野に特化したコースが用意されています。注目すべきは、「キャリアの転換」までを視野に入れた設計である点です。元々技術職でなかった従業員がエンジニア職に転向できるほどの本格的な育成を行っており、“社内転職”を促進する仕組みとして機能しています。

この取り組みの成果として、従業員の定着率向上、社内公募制度の活性化、IT人材不足の社内解消といった効果が報告されています。

事例②:パーソルグループの社内リスキリング施策(日本)

国内でも注目されているのが、パーソルグループによるリスキリング施策です。特に「ミドル層のデジタル人材化」を目指し、中堅社員を対象に業務で活用可能なスキルの習得機会を提供する社内プログラムを導入しています。

同社では、「DX企画人材育成プログラム」として、業務改善の視点からデータ活用、AI基礎、業務設計などのスキルを身につける研修を実施。その中でも特徴的なのは、研修後に「自分の業務にどう活かすか」をプレゼンする機会が設けられている点です。これにより、学びが実務と直結しやすく、研修の“やりっぱなし”を防止する仕組みが構築されています。

結果として、業務改善提案の数が大幅に増加し、実際にDXプロジェクトへの参画者も増えるなど、具体的な成果が見え始めています。

事例③:JMAM(日本能率協会マネジメントセンター)の支援事例

研修・育成支援を手がけるJMAMは、多くの企業のリスキリング導入をサポートしています。ある製造業では、DX推進に伴う工場現場のスキル再構築が課題となっていました。JMAMは同社に対し、現場に即したスキルマップの作成から、業務改善型のプロジェクト研修の設計までをトータルで支援。

単なるスキル付与ではなく、「現場課題の解決を通じて学ぶ」というアプローチにより、従業員の学習意欲と現場成果の両立に成功しました。このような支援事例は、外部専門機関と連携することで、社内だけでは補いきれないノウハウや運用設計を取り入れることの価値を示しています。

これらの成功事例に共通しているのは、「制度の設計だけでなく、学びが業務にどう活かされるかを意識している点」です。単に知識を得ることがゴールではなく、実務への適用やキャリアの変革までを視野に入れた設計が、リスキリングの成功を後押ししています。

また、外部パートナーとの連携を通じて、社内では気づけない視点や育成ノウハウを取り入れる柔軟性も、制度を成熟させるうえで非常に有効です。リスキリングを導入しようとする企業は、こうした事例から学び、「自社の文脈に合ったやり方」で制度を進化させていくことが求められます。最初から完璧な制度を目指す必要はなく、スモールスタートと柔軟な改善サイクルこそが、成功の共通項だといえるでしょう。

まとめ

リスキリングは、単なるスキルの再教育ではなく、企業が持続的な競争力を維持するための「戦略的な人材育成」の一環です。特にDXの進展により、これまでの業務が大きく変化する中で、従業員一人ひとりが新しい知識やスキルを習得し続けることが、企業全体の変革を後押しします。

本コラムでは、リスキリングの定義から始まり、企業が導入すべき理由、導入プロセス、気をつけるべきポイント、そして実際の成功事例までをご紹介しました。人事部門としては、制度設計だけでなく、従業員の学習意欲を引き出し、社内で定着させる工夫が求められます。変化の激しい時代だからこそ、今後ますますリスキリングの重要性は高まっていくでしょう。「うちの会社では何から始めればいいのか?」と感じた方は、まずは小さなスキル習得支援からでも構いません。本コラムが、貴社のリスキリング施策の一歩となれば幸いです。

 

 

監修者

髙𣘺秀幸
髙𣘺秀幸株式会社秀實社 代表取締役
2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。

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