企業にとって「優秀な人材の確保と定着」は、今や経営課題の中心といっても過言ではありません。人材の流動性が高まり、離職率の上昇が企業の生産性や採用コストに直結する中、離職を防止するための具体的な対策を講じることは不可欠です。しかし一言に「離職」といっても、その原因は社員によって千差万別であり、対策の打ち方にも工夫が求められます。
本コラムでは、離職しやすい社員の特徴や離職の主な理由を整理したうえで、企業が取り組むべき防止施策とその効果的な導入方法をわかりやすく解説します。
< このコラムでわかる3つのポイント >
1.離職率が高い社員タイプ別に見た行動傾向と兆候の見抜き方
2.離職防止施策の具体例と効果的な導入・運用の工夫
3.対策を講じても離職が起きる組織的・心理的な理由
Contents
離職が起きる原因とは
社員の離職は、企業にとって重大な経営課題です。採用や育成にかけたコストが回収されないばかりか、チームの士気低下や業務の停滞にもつながります。では、社員はなぜ離職を決断するのでしょうか。その理由は、単一ではなく複数の要因が絡み合っていることが多く、業種や職種、個人のキャリア志向によっても異なります。ここでは、企業側が把握すべき代表的な離職理由を整理しながら、現場で見落とされがちな要素にも目を向けていきます。
まず、離職理由を理解するにあたり、参考となるデータを一つ紹介します。以下は厚生労働省の雇用動向調査をもとにまとめた、離職理由の割合の例です。
離職理由 | 割合 |
---|---|
上司・同僚との人間関係 | 32% |
労働条件への不満 | 24% |
キャリアへの不安・不満 | 18% |
過重労働・ワークライフバランス問題 | 15% |
その他 | 11% |
このデータからもわかる通り、離職の要因は多岐にわたります。企業がこれを「個人の問題」と片づけるのではなく、「構造的課題」として捉え、背景を分析することが求められます。以下では、特に頻出する5つの主要な原因について詳述します。
1. 上司や同僚との人間関係
離職理由のトップに挙がるのが、職場内の人間関係です。特に上司との信頼関係が築けない場合、社員は日常的にストレスを感じ、心理的安全性を失います。「何を話しても否定される」「相談しても聞いてもらえない」といった不満が積み重なると、離職は現実的な選択肢となります。
2. 労働条件への不満
給与水準、労働時間、休日の取り扱い、福利厚生などの制度面も離職の大きな要因です。特に中堅社員にとって、生活の安定性や家族との時間が重要視されるため、待遇が見合わないと判断されると他社への転職を検討しやすくなります。
3. キャリアの見通しが立たない
若手社員を中心に増えているのが、「この会社にいても自分は成長できない」と感じてしまうケースです。キャリアパスやスキルアップの機会が不明瞭であったり、異動・昇進の基準が曖昧だったりすると、将来への不安が離職の引き金になります。
4. 業務負荷のアンバランス
業務量が多すぎて常に残業が発生している、あるいは逆に単調なルーチンワークばかりでやりがいを感じない。こうした状況では社員のモチベーションが低下し、身体的・精神的な負担から離職に至ることがあります。
5. 組織文化や価値観との不一致
入社前の期待と、入社後に体験する組織文化とのギャップも離職理由の一つです。たとえば「フラットな文化」と聞いていたが実際はトップダウンでの意思決定が多かった、などのケースでは、社員のエンゲージメントが大きく損なわれます。これは、採用段階やオンボーディング期間中に価値観のすり合わせが不十分だったことが原因であることが少なくありません。
このように、離職には単純な理由ではなく、組織構造やマネジメント、制度設計、そして個人のキャリア志向の多様性が深く関係しています。離職の「防止」を目指す企業は、こうした原因をデータや現場の声から正しく捉え、対策につなげていくことが求められます。
離職を防止するメリット

社員の離職を防止することは、人事部門のKPIとしてだけでなく、経営全体の安定や成長に直結する重要なテーマです。離職率の低下は単なる人材の「確保」や「維持」ではなく、企業文化の成熟や競争優位性の向上にも寄与します。本章では、離職防止によって企業にもたらされる主なメリットを5つの観点から整理し、定量・定性的な効果について具体的に考察します。
1. 採用・育成コストの削減
社員が定着すれば、当然ながら採用活動にかかる広告費、人材紹介料、面接工数などが削減されます。また、新人教育やOJTに必要な人員配置や時間も最小限に抑えられます。中途採用で経験者を採った場合でも、社内文化への適応には一定の期間がかかるため、既存社員の定着は、「人材コストの最適化」という観点から大きなメリットです。
2. 組織の知的資産が蓄積される
長く働く社員が増えるほど、業務ノウハウや顧客情報など、形式知・暗黙知の両面で組織に知識が蓄積されます。これは「属人化」とは異なり、ナレッジ共有が進めばチーム全体のパフォーマンスが上がります。離職が多いと、この蓄積が断絶され、新人の教育も非効率になりがちです。
3. 社員のエンゲージメントが向上する
「離職しない環境」は、社員が安心して働ける環境でもあります。上司との信頼関係、明確な評価制度、ワークライフバランスの確保が揃えば、社員は企業へのロイヤルティを高めやすくなります。エンゲージメントの向上は、離職防止の結果でもあり、同時にそれ自体が離職防止の要因にもなるという、好循環が生まれるのです。
4. 顧客・取引先との信頼関係が持続する
特に営業職やカスタマーサポートなど、顧客と直接関わるポジションでは、担当者の離職が顧客満足度の低下につながることがあります。社員が長期にわたり担当することで、顧客との関係は深化し、サービスの質も安定します。これは取引先に対しても同様で、社内の人材定着は、社外からの信用にもつながります。
5. 組織全体の生産性が向上する
頻繁な離職と採用のサイクルは、業務の引き継ぎミスやコミュニケーションの断絶を引き起こしやすくなります。逆に、社員が定着すれば、個々のスキルが高まり、チームとしての連携も円滑になります。中長期的に見れば、離職を防止することは「現場の再現性ある成果」を増やし、全体の業績にも良い影響を与えるのです。
観点 | 離職防止による効果 |
---|---|
採用・育成コスト | 年間コストの削減、採用活動の効率化 |
組織知の蓄積 | 属人化の回避、業務品質の安定化 |
社員の意欲・定着率 | エンゲージメント向上、心理的安全性確保 |
顧客・外部関係の維持 | 顧客満足度の継続、長期的な取引の維持 |
業績・生産性 | チーム力の向上、離職によるロスの最小化 |
このように、離職防止には企業にとって多面的なメリットがあります。短期的にはコスト削減、長期的には組織力の向上といった成果につながるため、人事部門は「防止策の成果を数値で示す」ことが重要です。社員が安心して働ける環境を整えることは、単なる福利厚生の充実ではなく、戦略的な人材投資としての意味を持っています。
離職を防止しないと起きるリスク
社員の離職を放置すると、企業には目に見える直接的な損失だけでなく、長期的に組織力を弱体化させるさまざまなリスクが生じます。特に中堅層やハイパフォーマーが抜けた場合、短期的な業務混乱にとどまらず、企業のブランド力や顧客関係にも深刻な影響を及ぼします。ここでは、離職防止に取り組まなかった場合に企業が直面する主要なリスクを、5つの観点から具体的に解説します。
1. 採用・教育コストの累積的な増加
離職が頻発する企業では、常に人手不足に悩まされ、採用活動が慢性化します。結果として、求人広告費や人材紹介会社への支払い、面接・選考の人件費などが膨らみます。また、採用後の教育期間における戦力化の遅れも含めると、単に一人分のコストではなく累積的な人件費のロスが発生します。特に教育後すぐの離職は、人的投資の「回収不能リスク」ともいえます。
2. チームの生産性とモラルの低下
一人の社員が離職すると、残されたチームにはその分の業務が一時的に増加します。この状態が続けば、疲弊・不満が蔓延し、「自分も辞めようかな」という連鎖的な離職につながることも少なくありません。さらに、業務負担が偏ることでチーム全体の生産性が低下し、結果的にパフォーマンスが落ち、評価制度にも悪影響を及ぼします。
3. 顧客満足度・取引先の信頼低下
特に顧客との接点が多いポジションの社員が離職した場合、顧客との関係が断絶し、信頼の再構築が必要になります。場合によっては契約の打ち切りや、競合他社への切り替えが起きることもあります。さらに、頻繁な担当変更は顧客に不安感を与えるため、ブランドイメージの毀損にもつながります。
4. 組織学習・ノウハウの断絶
暗黙知や現場ならではの判断基準など、マニュアル化しにくい知識が離職とともに失われます。このノウハウの断絶は、同じミスの繰り返しや非効率なオペレーションの温床となり、後任の立ち上がりにも悪影響を及ぼします。離職が常態化している企業ほど、業務の属人化と再構築を繰り返す「知的損失ループ」に陥りやすいのです。
5. 社内の信頼感・企業文化の弱体化
離職率が高い企業では、社員の間に「どうせ長く働けない」という諦めが広がり、長期的なビジョンや成長への期待が薄れます。また、退職が多いことで評価制度や経営方針に対する不信感が募り、「この会社で頑張っても意味がない」という空気が組織全体に伝播します。こうした状態では、優秀な人材ほど先に離脱してしまう可能性が高くなります。
リスクの種類 | 具体的な影響例 |
---|---|
採用・教育コスト | 広告費・人材紹介料の増加、OJTの再投資 |
チームの疲弊・不満 | 生産性低下、モラルの低下、連鎖的な離職 |
顧客・取引先への影響 | 信頼喪失、取引終了、ブランド毀損 |
ノウハウの損失 | 業務効率の低下、トラブル増加、知識の再構築コスト |
組織文化の崩壊 | 評価制度不信、ビジョン欠如、中長期戦略の停滞 |
このように、離職を防止しないことで企業が受けるダメージは、目に見える人材ロスにとどまりません。チームの機能不全、顧客からの信用失墜、企業ブランドの弱体化まで波及する可能性があります。離職を「仕方ない」と捉えるのではなく、「回避可能な経営リスク」と捉えることが、これからの人事に求められる視点です。
離職が濃厚な社員のパターン
離職の防止を本気で考えるなら、すでに「離職を検討している」社員の兆候を見逃さないことが重要です。社員の行動や心理状態に表れる変化を早期にキャッチできれば、対話や施策によって離職を回避できる可能性が高まります。本章では、離職が濃厚とされる社員の行動パターンと心理的背景について、典型的な5つのタイプに分類して解説します。
1. 無気力型:発言や参加意欲が低下している
以前は積極的だった社員が、突然会議での発言が減ったり、任された業務をこなすだけになったりしている場合は、内面的なモチベーション低下が疑われます。発言量や関心の薄れは「自分がこの場にいても評価されない」「期待されていない」という認知の裏返しでもあります。
2. 逃避型:休暇や早退が増えがち
突発的な有給取得や、曖昧な理由での早退・遅刻が目立つ社員は、ストレスを抱えている可能性があります。本人が理由を説明したがらない場合や、職場にいる時間を減らそうとしている場合は、心身の限界を感じているサインです。
3. 過剰適応型:表面上は問題がなくても内面に疲弊
一見まじめで問題がなさそうに見える社員が、実は抱え込みすぎているケースもあります。自己主張せず業務を引き受け続けている社員は、上司から見ると「頼れる存在」に映りがちですが、限界を超えると突然の退職に至ることもあります。このようなタイプは、周囲が気づきにくいぶん、リスクが高いといえます。
4. 孤立型:チームや上司との関係性が希薄
雑談や情報共有の輪から外れていたり、チームとの関わりを避けるようになった社員も注意が必要です。心理的安全性を感じられない状態では、自らの存在意義や居場所に疑問を持ちやすくなり、「この環境にいたくない」という気持ちが強まります。特にオンライン中心の勤務体制では、見えづらい孤立が起こりやすくなっています。
5. 下調べ型:転職活動を進めている兆候あり
LinkedInや求人サイトの閲覧履歴が増えたり、有給の取得タイミングが平日午前に偏っていたりする場合は、すでに転職活動に着手している可能性があります。社内制度に対する質問が増えたり、「別のやり方もあるのでは?」と比較的な物言いが多くなるのも特徴です。
タイプ | 具体的な行動例 | 背景にある心理・状況 |
---|---|---|
無気力型 | 会議中に発言しない、リアクションが薄い | 評価されていない、自信の喪失 |
逃避型 | 有給・早退が増える、出社に消極的 | ストレスの蓄積、職場環境への不満 |
過剰適応型 | 頼まれごとを断らない、常に忙しそう | 周囲に迷惑をかけたくない、限界に近い |
孤立型 | 雑談に参加しない、Slackなどへの反応がない | 孤独感、チームとの断絶 |
下調べ型 | 求人サイトを見ている、制度について詳細に質問 | 転職検討中、社内に見切りを感じている |
このように、離職が濃厚な社員には行動や表情、会話の節々に兆候が現れます。人事部門やマネージャーは「問題が起きてから」ではなく、「起きる前に気づく」視点を持つことが重要です。特に1on1ミーティングやエンゲージメントサーベイを活用し、社員一人ひとりの変化に早期対応できる体制を整えることが、離職の未然防止につながります。
社員の離職を防止する効果的な対策

離職を防ぐには、離職の兆候を見つけるだけでなく、企業として能動的に防止策を講じる必要があります。特に重要なのは、社員の不満や不安を放置せず、「組織の制度」と「現場の運用」の両面から具体的な対策を導入・改善していくことです。本章では、企業が実践できる離職防止施策を5つの軸で整理し、効果的な導入のヒントを解説します。
1. エンゲージメントサーベイの定期実施
社員の本音を定期的に可視化する仕組みが不可欠です。エンゲージメントサーベイは、モチベーションや職場への満足度、人間関係の状況などを数値化し、組織の課題を早期に特定するための有効なツールです。匿名性を担保することで率直な意見を集めやすくなり、離職の兆候を組織単位で把握できます。
2. キャリア開発支援と目標管理制度の整備
社員が自身の将来像を描けるように、キャリア面談やスキルアップの支援制度を整えることも有効です。明確な昇進ルートや役割期待が見えることで、社員は「ここで成長できる」という実感を持てます。また、OKRやMBOなどの目標管理制度を導入し、個々の成果と評価が連動する仕組みを整えることで、納得感のある働き方が実現されます。
3. フィードバックと1on1ミーティングの強化
上司と部下のコミュニケーションの質は、離職率に大きく影響します。週1回〜月1回の定期的な1on1を設け、評価や改善点だけでなく、感情やキャリア希望なども丁寧に聞く姿勢が重要です。また、日常的なフィードバックを通じて「見られている」「期待されている」という感覚が生まれることで、社員の心理的安全性が高まります。
4. 柔軟な働き方と制度の整備
離職理由の一つに「働き方の硬直性」があります。リモートワーク、フレックスタイム制、副業容認など、柔軟な働き方を制度化することは、社員のライフステージに寄り添ううえで重要です。また、育児・介護などのライフイベントに合わせた支援制度を設けることで、優秀な人材の流出を防ぎやすくなります。
5. オンボーディングプロセスの再設計
特に中途採用者や若手社員にとっては、入社直後の数カ月が離職リスクのピークです。適切なオンボーディングを実施することで、早期の定着が見込めます。具体的には、メンター制度や段階的な業務導入計画、文化理解の機会(企業理念や価値観の共有など)を整備し、孤立を防ぐ支援が求められます。
対策カテゴリ | 具体施策内容 | 実施時のポイント |
---|---|---|
エンゲージメント把握 | 定期サーベイ、パルスチェック | 匿名性を保ち、組織全体で改善サイクルを回す |
キャリア支援・評価制度 | キャリア面談、OKR・MBO導入 | 個別性を重視し、明確な昇進基準を設ける |
上司との対話・信頼構築 | 1on1ミーティング、日常フィードバック | 傾聴と共感を意識し、心理的安全性を重視 |
働き方の柔軟化 | テレワーク、時差勤務、ライフイベント支援 | 運用ルールを明確化し、制度疲労を防ぐ |
オンボーディング | メンター制度、価値観共有、段階的業務導入 | 孤立防止と期待値の擦り合わせを行う |
離職防止のための対策は「打ちっぱなし」では意味がありません。制度を導入するだけでなく、実際に運用が機能しているかどうかを定期的に見直し、現場の声を反映しながらブラッシュアップしていくことが重要です。特に、社員のエンゲージメントと制度の納得感は強く関連しており、「自分の意見が届く会社」であることを実感できるかどうかが、離職防止の核心となります。
離職の防止の際に気をつけるべきポイント
離職を防止する施策を導入する際には、単に制度を整備するだけでは不十分です。効果を発揮させるためには、「導入の仕方」「運用の質」「社員の受け止め方」などに注意を払う必要があります。良かれと思って実施した対策が逆効果を生むこともあるため、事前の準備や導入後のフォローも含めた設計が重要です。本章では、離職防止に取り組む際に見落とされがちな注意点を5つの視点から解説します。
1. 形骸化した制度にならないよう注意する
評価制度や1on1ミーティングなどを導入しても、形だけで中身が伴っていない場合、かえって社員の不信感を生むことがあります。例えば「1on1は毎月やっているが、ただの雑談で終わる」「キャリア面談をしても記録に残らない」など、目的を果たしていない制度は逆効果です。制度の導入時には「なぜやるのか」「どう活用されるのか」を明確にし、継続的な運用に対する責任をマネジメント層が持つ必要があります。
2. 一律の対策ではなく多様性に配慮する
社員の離職理由は人それぞれであり、家庭状況、キャリア志向、業務内容、性格などにより異なります。画一的な施策では「自分の状況は理解されていない」と感じさせてしまい、逆に離職を早めることになりかねません。例えば、子育て中の社員には柔軟な勤務時間が必要であり、成長意欲の高い若手にはチャレンジの場が必要です。施策設計には、社員タイプ別のニーズ分析が欠かせません。
3. 対話の質を上げることに注力する
制度やツールだけでは、社員の本音を引き出すことはできません。肝心なのは、マネージャーが「聴く力」を持ち、対話の場を信頼関係の構築につなげられるかどうかです。1on1の質が低いと、「相談しても意味がない」「本音を言えない」といった不満が蓄積し、かえって離職意欲を高めてしまうリスクがあります。人事部門はマネジメント層に対し、傾聴力や質問力に関する研修を行うことも効果的です。
4. 数値目標にとらわれすぎない
「離職率を○%削減」という目標を掲げること自体は有効ですが、その数値達成ばかりを優先してしまうと、問題の本質を見失う危険性があります。例えば、問題社員を引き留めることが組織にとって必ずしもプラスではないケースもありますし、個人のキャリアにとって転職が最適解である場合もあります。重要なのは、「何をもって成功とするか」の定義を見誤らないことです。
5. 経営層・管理職の本気度が問われる
どれほど優れた施策でも、現場や上層部が「やらされ感」を持っていると、社員は敏感に察知します。制度導入を人事部門だけに任せるのではなく、経営層がメッセージを発信し、管理職が実践者として巻き込まれる体制を築くことが不可欠です。特に、離職防止は「短期的な成果」が見えづらいため、継続的に取り組む姿勢が信頼の鍵となります。
離職防止は単なる施策の導入ではなく、組織全体の「人への向き合い方」を問われるテーマです。人事部門だけで完結させるのではなく、現場・経営層が一体となって「社員を信頼し、尊重する文化」を育むことが、最も効果的な離職防止策といえるでしょう。
離職対策しても離職してしまう原因
企業がさまざまな離職防止施策を講じていても、それでもなお社員が離職してしまうケースは少なくありません。これは、対策自体に欠陥があるというよりも、「組織としての姿勢」「社員個人の価値観の変化」「対話の質」など、表層には見えにくい要因が影響していることが多いのです。本章では、対策をしているにもかかわらず離職が発生してしまう背景を解説し、見落とされがちな盲点を明らかにします。
1. 対話不足で社員の本音を捉えきれていない
施策や制度を設けていても、それが社員の「本音」と噛み合っていなければ意味を成しません。例えば、キャリアパスの提示や福利厚生の拡充を行っていたとしても、「本当にやりたい仕事が社内にない」と感じている社員には響かないのです。日常の1on1や面談で社員の意向を深く掘り下げる対話ができていないことが、見えない離職要因となります。
2. タイミングの遅れにより手遅れになっている
離職の兆候は、突然現れるものではなく、徐々に積み重なっていくものです。しかし、対策が後手に回り、社員の不満が限界に達した段階でようやく動き出すようでは、既に退職の意思が固まっている可能性が高いのです。重要なのは「早期発見」と「初期対応」。エンゲージメントサーベイやマネージャーとの対話を通じて、初期の違和感を察知する感度が組織全体に求められます。
3. 対策が一方通行で社員の参加意識が薄い
制度は整っていても、それを「自分ごと」として捉えていない社員は多くいます。例えば、キャリア支援制度やメンタリング制度があっても、積極的に利用されていない場合、その背景には「どうせ改善されない」「制度は形だけ」という諦めがあります。社員が制度の意図や運用方針を理解し、自ら関与しようとする姿勢を引き出すには、導入時からの丁寧な説明と、活用事例の共有が不可欠です。
4. 組織風土や上司の姿勢が制度を打ち消している
制度があっても、それを支える文化やマネジメントスタイルが一致していなければ、逆効果になることがあります。例えば、「自由な働き方を推奨」と言いながらも、上司が毎日出社を強く求めてくるような矛盾があると、社員は戸惑いを覚えます。また、評価制度が整っていても、上司がきちんとフィードバックをしない場合、制度が空文化します。制度と現場のギャップを埋めるには、管理職の行動改革が不可欠です。
5. 社員個人のキャリア観やライフステージの変化
離職には、組織側ではどうにもならない個人的な理由もあります。転職によるキャリアアップ、起業、結婚や出産によるライフスタイルの変化など、価値観の多様化が進む中で、必ずしも「企業に留まること」が社員にとっての最適解とは限りません。これらを完全に防ぐことは現実的ではないため、「最終的に円満な離職」として見送るケースも必要になります。
このように、離職対策をしていても離職してしまうのは、「制度や取り組みの中身」に問題がある場合と、「組織の受け止め方・風土」に問題がある場合、そして「個人の選択」というコントロールできない要因がある場合の3つに大別されます。離職をゼロにすることは非現実的ですが、「防げる離職」を着実に減らすために、継続的な対話と組織改善の努力が欠かせません。
まとめ
離職の防止は、一時的な対策や制度導入だけでは効果を上げにくい課題です。社員一人ひとりの背景や価値観、モチベーションを丁寧に把握し、それに応じた柔軟な対策を講じる姿勢が企業には求められます。特に、業務の属人化やマネジメント不全、人間関係のトラブルなど、組織内部に潜む離職要因に向き合うには、現場レベルの対応と経営レベルの施策の両立が欠かせません。
また、離職のリスクが高い社員のタイプを早期に見極め、未然に防ぐ体制を築くことも重要です。離職を「仕方ない損失」として受け止めるのではなく、「防げる経営課題」として捉え、組織としての成長のチャンスに変えていく視点が、今後ますます必要になるでしょう。自社の現状を客観的に分析し、離職の背景にある理由を突き止めたうえで、社員との信頼関係を深めながら、長期的に活躍してもらえる環境づくりを進めていくことが、持続可能な人材戦略の第一歩となります。
監修者

- 株式会社秀實社 代表取締役
- 2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。
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