組織論を実践した企業の成功事例

1 組織戦略・マネジメント

「人が辞める」「チームがまとまらない」「上司の指示が伝わらない」──こうした日常的な悩みは、単なるコミュニケーションの問題ではなく、組織の仕組みそのものに原因があることが少なくありません。こうした現場課題を「属人的なやり方」や「その場しのぎ」で解決しようとすると、一時的には収まっても、根本解決にはなりません。そこで注目すべきなのが「組織論」です。組織論は、組織を動かす根本的な仕組みを解き明かす理論です。近代組織論を代表するチェスター・バーナードとピーター・ドラッカーの理論は、現代企業においても極めて実用的な指針を与えてくれます。
本コラムでは、バーナードとドラッカーの理論を現場で実践した企業の成功事例をそれぞれ3つずつ紹介し、組織づくりやマネジメントに役立つヒントをお届けします。

 

組織を「理論」で捉えると、現場の景色が変わる

実際の組織運営において、「なぜこのような問題が起こっているのか」を理論に基づいて読み解くことは、解決の糸口を見出すための第一歩です。例えば、社員のやる気が出ないという課題があったとき、「最近の若者は根性がない」といった属人的な捉え方をしてしまえば、組織的な改善にはつながりません。

しかし、バーナードが示す「貢献意欲がなければ組織は成り立たない」という視点で見れば、意欲を引き出す要因や阻害要因を整理することができます。ドラッカーの「成果への責任」という観点で捉えれば、行動と成果を結びつける仕組みが弱いのではないかという仮説が生まれます。

つまり、理論は「問題の正体」を言語化し、具体的な対策を導くための地図です。本コラムで紹介する事例は、こうした理論をもとに課題を再定義し、実際の組織変革につなげたものです。

バーナードの組織論の事例

ー「共通目的」「意思疎通」「貢献意欲」が組織をつなぐ ー
バーナードは、組織を構成する3つの要素として「共通目的」「意思疎通」「貢献意欲」を挙げました。組織のメンバーが同じ目的を持ち、意思を通わせ、自ら貢献したいと思えるような環境を作ることが、持続可能な組織の条件です。

①【建設業・K社】理念と貢献意欲の可視化で定着率改善

K社は地方の建設業で、若手社員の離職率が3年連続で30%を超えていました。特に新卒入社社員の離職が目立ち、採用コストも高騰。経営陣は「職場環境が悪いのでは」「給与の問題では」と考えましたが、ヒアリング調査により、社員の声は別のところにありました。

「自分たちの仕事が何の役に立っているのか分からない」「上司から『やっておけ』と言われるだけで、目的が見えない」。

これを受けて、K社はまず、経営理念の再整理を行いました。理念の中に「地域を支える」というキーワードを明示し、月1回の全体会議で現場の仕事がどのように地域貢献につながっているかを共有。また、社員一人ひとりが「仕事を通じて実現したいこと(貢献意欲)」を発表する場を設け、社内掲示板で可視化しました。

その結果、入社1年以内の離職率は8%まで低下。さらに、社員が地域イベントに自発的に参加するようになり、社外の評価も上がる好循環が生まれました。

②【製造業・S社】「共通目的」を現場主導でつくるワークショップ

S社では、部門間の壁が厚く、工程遅延が常態化していました。営業部は「製造が遅い」と言い、製造部は「無理な納期を押し付けるな」と反発。これにより顧客満足度が下がり、リピート率も低下。

外部ファシリテーターの助言を得て、S社は全社員参加の「組織目的再定義ワークショップ」を開催。役職・部門を問わずグループを編成し、「S社が社会に対して果たす役割とは何か?」を議論。最終的に、現場スタッフの提案が採用され、「お客様にとって“無くてはならない存在”になる」という共通目的を設定しました。

目的の共有後は、部署横断のプロジェクトチームが動き出し、納期遵守率が75%から92%へ改善。目的が現場に腹落ちすると、協働の質が変わる好例です。

③【サービス業・R社】現場での意思疎通強化で顧客満足度向上

R社は美容系フランチャイズを展開しており、店舗ごとの対応品質に差があることが課題でした。そこで同社は「理念を中心とした意思疎通強化プログラム」を開発。

本部主導ではなく、各店舗での「理念対話ミーティング(週1回)」を実施。例えば「なぜ“笑顔での接客”が大事なのか」「自分の接客でお客様がどう変わったか」などをテーマに会話を重ね、理念を言葉だけでなく、行動に落とし込む工夫を行いました。

結果、全店のGoogleレビューの平均点が4.0から4.6に向上。クレーム件数も減少し、採用応募数が前年比150%になるなど、社外への好影響も確認されました。

ドラッカーの組織論の事例

ー「成果に責任を持つ」ことで自律型組織が育つ ー
ドラッカーは「組織の目的は成果の創出である」と定義し、そのためにはメンバー一人ひとりが成果に責任を持つ必要があると説きました。また、知識労働者の時代には、上司の指示を待つのではなく「自らをマネジメントできること」が鍵となります。

①【IT業・M社】MBO導入で営業利益130%達成

システム開発を行うM社は、プロジェクト単位で収益が大きく異なることに悩んでいました。案件によっては赤字になることもあり、社員の責任感の差も問題に。

そこで導入したのが「目標による管理(MBO)」です。全社員が自分の業務に対する成果目標を設定し、月次レビューで振り返る仕組みを整備。ポイントは、目標設定を上司が押し付けるのではなく、「顧客にどう貢献するか」「自分の強みをどう活かすか」をベースに社員自身が設定したことです。

これにより、社員の主体性が格段に向上。自分で決めた目標だからこそ、日々の行動にも責任感が伴い、半年後には営業利益が前年比130%に到達しました。

②【医療法人・T会】「強み発揮」を軸にした配置転換で満足度向上

T会は複数のクリニックを運営していますが、スタッフの満足度が低く、異動や離職が多発していました。表面的な問題は給与や勤務時間に見えましたが、面談の結果「自分の力が活かせていない」「誰に評価されているのか分からない」という不満が多いことが判明。

そこで導入したのが「強み診断×成果マップ」という独自の人材配置施策。各スタッフに自己診断と業務成果の分析を行い、「強みを活かせるポジション」への再配置を行いました。

たとえば、コミュニケーションが得意なスタッフを受付から予防医療のカウンセリング担当に変更したところ、患者満足度が飛躍的に向上。その後、スタッフのエンゲージメントスコアも上昇し、離職率が過去最低に。

③【教育業・E社】講師の自己マネジメント制度で退塾率半減

学習塾を運営するE社では、講師の教え方や姿勢にばらつきがあり、教室ごとの退塾率にも差がありました。原因は、講師が「自分の成果」を数値で認識していなかったことにあります。

そこで講師一人ひとりに「自分の指導成果」を振り返る制度を導入。「成績向上率」「退塾率」「保護者の声」などをKPIとし、月1回、自己レビューを記録・共有。フィードバックは教室長からではなく、講師同士の相互コメントに切り替えました。

すると、講師同士の意識が高まり、良い事例の共有や改善提案が自発的に起こるように。退塾率は導入前の15%から7%へと半減し、口コミによる新規入塾も増加しました。

まとめ

本コラムでは、組織論を単なる理論で終わらせず、現場に根差した実践を通じて成果を上げた企業の事例を紹介しました。それぞれの企業が置かれた環境や課題は異なりますが、「理念や価値観の浸透」「現場の声を反映した組織づくり」「戦略と制度の連動」といった共通の取り組みが、変革を成功へと導いています。

特に注目すべき点は、理念やミッションを単なる掲げる言葉で終わらせず、現場の行動や意思決定の基準として機能させていることです。また、社員一人ひとりが安心して意見を出せる組織文化を築くことで、対話が活性化し、自律的な行動が促されています。さらに、制度や仕組みを現場の実態に合わせて設計し、組織の目的と日々の業務が結びつくよう工夫していることも見逃せません。

これらの事例から見えてくるのは、「強い組織」をつくるには、特別なリーダーシップや革新的な施策だけではなく、日々の積み重ねと、組織全体で共通の価値観を育む継続的な取り組みが不可欠であるということです。ぜひ本コラムをヒントに、自社にとっての「組織論の実践」とは何かを改めて考える機会としていただければ幸いです。

 

 

監修者

髙𣘺秀幸
髙𣘺秀幸株式会社秀實社 代表取締役
2010年、株式会社秀實社を設立。創業時より組織人事コンサルティング事業を手掛け、クライアントの中には、コンサルティング支援を始めて3年後に米国のナスダック市場へ上場を果たした企業もある。2012年「未来の百年企業」を発足し、経済情報誌「未来企業通信」を監修。2013年「次代の日本を担う人財」の育成を目的として、次代人財養成塾One-Willを開講し、産経新聞社と共に3500名の塾生を指導する。現在は、全国の中堅、中小企業の経営課題の解決に従事しているが、課題要因は戦略人事の機能を持ち合わせていないことと判断し、人事部の機能を担うコンサルティングサービスの提供を強化している。「仕事の教科書(KADOKAWA)」他5冊を出版。コンサルティング支援先企業の内18社が、株式公開を果たす。

関連コラム

特集コラム

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP